いたちごっこ
春の花【皐月side】
筒地と勝負をすると決まった日。
「皐月さん、皐月さん、皐月さ〜ん!聞きましたよっ。筒地さんと勝負をするらしいですね!」
「あ、あぁ…」
「わ〜、楽しみっ。どっちが勝つんだろ〜」
作業場で開店準備をしてたら、出勤してきた野菊ちゃんがコッチに来て愉しげに顔を綻ばせた。隣に居たジィちゃんが機嫌悪く睨んでいるのに、全く気にしていない。むしろ、うっとりとした目で指を胸の前で組んだかと思うと「頑張ってくださいね」と、謎に弾んだ声で応援の言葉を掛けてきた。
メンタルが強ぇ。お前は主人公を影から応援するアニメのヒロインか。そんな恋する少女みたいな顔で近づくんじゃねぇ。祖母さんが疑いを持った目でコッチを見てるだろ。
タイミングの悪いことに双葉は筒地と配達に出てるし。俺の平和な職人生活が脅かされてる。
「どんなお菓子にするんですか?」
「さぁな」
「教えてくださいよ〜」
「まだ決めてない」
祖母さんの視線が気になってしょうがなく、ついつい冷たい声で野菊ちゃんに返す。
愛想が悪くなっちまったけど、そこはもう仕方がない。仕事までサボって作業の邪魔をしていたら怒るのも普通だ、普通。いくら従業員を確保するためとはいえ、優しく振る舞うのも限界があるだろ。それで“辞める”って言われたら、それはもう合わなかったってことだ。そう思えよ。双葉……、と心の中で念じる。しかし。
「やだねぇ、皐月君ったら冷たい」
「大丈夫で〜す!全然気にしてませんっ」
空気の読めない祖母さんと野菊ちゃんが俺を挟んでキャッキャッと騒ぐ。
ふざけんな、ババァ。あれだけ不倫がどうのって大騒ぎしたのを忘れたか。人を不貞者扱いした次は愛想が悪いってクレームか?いったい俺にどうしろってんだ。……と、心の中で悪態をつく。
あれから、そんなに日は経ってねぇのに。本当にボケてきたんじゃないかと疑う。野菊ちゃんも野菊ちゃんだ。天然か何か知らないが、少しは周りを気にしろ。ジィちゃんだけじゃなく、双葉の祖父さんも睨んでるぞ。