いたちごっこ

 「桜の最中とかどうです〜?」

 「いいねぇ。春らしくて」

 「梅の落雁もいいですよね」

 「わかるわぁ。あれこそ春よ」


 しかし、俺の心配も余所よそに不穏な空気が漂う作業場の空気にも気づかず、祖母さんと野菊ちゃんが騒ぎ続ける。大福を作っていた双葉の祖父さんが、しびれを切らして「うるせぇ。表にでろ」と叫んだが、祖母さん達は「怖〜い」の一言で終わらせた。


 しかし、まぁ、あれがいい、これがいい、と好き勝手に言いやがって。どんなお菓子を作るかなんて本当は既に少し決めてあるんだよ。

 双葉が好きな甘くてさっぱりとした味の、何もない日でも食べたくなるような生菓子。見た目や種類はまだ決めていないが、味はそれで決まりだ。

 自分で新しい商品を作るなら、絶対に双葉の1番の好物になるようなお菓子を作るって昔から決めてた。そうすりゃ、たとえ何があろうと俺のことが記憶から消えねーし。双葉の心の一部を独占できる気がしてならない。

 若干、不純な動機だけど、そこは譲れないし、許して欲しいわ。双葉が隣に居てこその跡継ぎだからな。いくら美味くて完璧な物を作ろうと、あいつが喜ばないお菓子なんか作っても意味ねぇんだよ。


 「ただいま〜」


 そうこう考えていると、配達に出ていた双葉と筒地が店に帰ってきた。店先を覗けば、筒地が何かについて熱心に語っていて、それに応える双葉も半笑いで“はいはい”と応えてる。

 別に普通の光景だ。言うて同じ店で働く仲間だし、客の前じゃなきゃ話し込む日だってあるだろう。

 だけどなー。明らかに店を出る前より距離が縮まってて気になる。いったい配達中に何があったんだよ……。時間にして30分くらいしか経ってないのに変わりすぎだろ。お前、店を出ていく前は引き攣った顔をしてたじゃんか。祖母さんにも怒ってたし。


 それが今はすっかり打ち解けた様子だ。筒地は双葉と話すのに夢中だし、双葉は笑顔で筒地の話を聞いてる。

 全然、作業場に戻ってこねーし。時どき“女神”だとか“粋でカッコイイ”だとか妙なフレーズが聞こえてきて、何を話しているのか気になってしょうがない。

 何だかイチャついてるように見えて腹が立つ。そいつとまで仲良しキャンペーンをする必要はねぇだろ。双葉は俺の嫁なんだから。
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