いたちごっこ
それから一週間、双葉とはまともに話せなかった。迫りくる野菊ちゃんを宥めては作業に移り、仕事を終えて帰ってきては勝負に向けてのお菓子作り。
その間も一人前になるための修行は続けてたし、マジで息つく暇どころか飯を食う暇すらなかった。頭ん中がちょっとボンヤリするくらい。
そんな日常を過ごし、仕事を終えて夜。明日は休みだし、自宅のキッチンで水羊羹みずようかんを作った。
親父さんが考案して作った“春の花”って名前の水羊羹だ。春の訪れをイメージしていて、あんと寒天の二色の土台を彩るように桜の花びらが乗せられている。サラッとした口当たりに食べるとほんのりと桜の香りが鼻に抜けていく。お茶請けにピッタリの和菓子だ。
結構苦戦したけど、今日やっと親父さんから合格点を貰った。他の商品もあと一歩ってとこ。なかなかいい感じにコツを掴んできてる。
親父さんには毎日練習に付き合わせて申し訳ないと思うが、早く一人前として認めて貰いたい。じゃなきゃ堂々と双葉の隣に立てないだろ。
「……食う?」
出来上がった水羊羹を持ってキッチンから出ると、双葉はリビングでテレビを見ていた。疲れたのか少し眠そうだ。体を預けるようにテーブルで頬杖をついてる。
「わ〜い!食べる〜」
かと思ったら羊羹を見てシャッキっと背筋を伸ばした。
ほんと、こいつ。こういうところ、マジで可愛いわ。これだから頑張れるんだよ。双葉の存在がなかったら鬼みてぇに厳しい修行の日々に、ここまで付いていけてたか分からない。少なくともそんな忙しい日々に楽しさを感じているのは双葉のおかげだろう。
「毎日、大変そうだね」
「あぁ。さすがにキツイわ」
「お祖父ちゃんが出した勝負の条件、皐月の読み通りでビックリした」
「だろ。あの祖父さんのことだから絶対にそうだと思ったし」
「勝負のついでに新しい商品を考えさせるところがお祖父ちゃんらしいというか……」
「常に一石二鳥を目指してるからな、あの祖父さん」
羊羹を食べる双葉の隣に座り対決について語る。筒地のやつ余裕そうだったな。勝つ自信があるのか、さほど本気じゃないのか、どっちだろう。
まぁ、どっちにしたって負けるつもりはないけどな。相手がどうであろうと俺は本気でいくのみだ。
「何を作るかは決まったの?」
「まぁ、ある程度は」
「どんなの?」
「それは当日までのお楽しみだ」
「えー」
そんな風に話していると双葉のスマホが鳴った。双葉は眠気も吹っ飛んだみたいに「もしもし。どうしたの?」って明るい声色で電話に出る。
そこから盛り上がって話は止まらず。あまりにも楽しそうだから友達から掛かってきたのかと思った。
双葉の友達と言えば、楓、綾、桑子、花音……。それとも真梨か愛梨……どれだ?
相手が誰か気になりつつ、呑気にテレビのチャンネルを変える。