いたちごっこ


 まぁ、いいか。誰でも。楽しそうだし……って心境。しかし、電話の相手を“筒地君”と呼んだことで時が止まった。


 はぁ?筒地!?なんで筒地から双葉のところに電話が掛かってくるんだよ。

 最近やたらと仲良さげに話してるとは思ってたけど、そこまで?いつの間に番号交換なんかしたんだ?店ではないだろうから、この間、出掛けたときか?と考えてモヤモヤ。仲が進展するような何かがあったのかと考えると気が気ではない。


 「あぁ、うん。そっかー。女神へのプレゼントね〜」


 俺がモヤつく一方で双葉は電話口の筒地に向かってヘラヘラ笑ってる。

 楽しそうに話しやがっって。女神って何だ?いったい何の話をしてるんだよ。いくら従業員同士とはいえ仲が良すぎね?同じ店の仲間だからって、ここまで物理的に距離を縮める必要があるのか。だったら俺とも距離を縮めてくれよ、と騒ぎ立てたくなる。


 それに筒地と電話で話す双葉の姿を見てると、双葉が元カレと電話で話していたときのことを思い出して複雑だ。

 こいつ、昔から好きな男に対しては愛想がいいんだよな……。俺にはいつも気の強い顔しか見せないくせに別の誰かと話すときは優しく笑ってた。いったい他の男との扱いの違いは何なんだ?と過去にも複雑な思いを抱いたことがあったわ。


 所属、過去は過去だけど。きっと過去の男は双葉の色んな顔を知っていて、今も心のどこかで覚えてるんだろうな……と考えたら気分が落ちる。


 だって俺は何も知らない。何なら一生知ることがないままかも知れない。あの頃に比べて随分と関係は変わったけど、俺らの仲は何も変わってないし、夫婦なのに夫婦じゃないみてぇだ。

 他の誰でもなく俺と結婚して、他の誰よりもそばに居るのに、パッと出のヤツより距離が遠いってどういうことだよ。

 せめて一番近い存在でありたい。心の鍵がカチャリと音を立てて開いた気がした。

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