いたちごっこ


 「本当よ。私も聞いてビックリ」

 「えー。あそこのバイトのお嬢さんって娘さんよりも若かったんじゃない?」

 「そうよ。学生さん」

 「んまぁ、男と女なんてふとした拍子でどうなるか、わからないものね〜」


 働く手を止めてベラベラと喋る、お祖母ちゃんとお母さん。お互い頬に手を当てながら「大変ね〜」の連発。声のトーンまで落としてすっかり噂話モード。次から次へと、お祖母ちゃんが参加してきたババ様ネットワーク(井戸端会議)で聞いた情報を元に、会話をポンポンと広げていく。


 それを黙って開店準備をしながら聞く私。


 二人の会話の内容によると、どうやら奥さんは既に家を出ていったらしい。実家に帰ったのか、娘さんのところに行ったのかわからないが、とにかく家に帰らないまま。残されたご亭主さんは意気消沈。毎日、涙で枕を濡らして、相手の女の子にも逃げられたのだとか。


 「自業自得とはいえショックでしょうね」

 「そりゃそうよ。あれだけ長い間、連れ添っていたんだから」

 「お店はどうするの?」

 「さぁ……。一人じゃ回せないし、このまま畳むかも知れないわね」


 良い目利きをしていたのに〜。とお祖母ちゃんは残念そうに言う。


 そっか……。閉店しちゃうかも知れないんだ。確かにお向かいは数日前からシャッターが閉まりっぱなし。そこに貼られたお知らせにも【店主の私情により暫く休業させて頂きます】って書いてある。


 お向かいの夫婦のことだから、てっきり仲良く二人で旅行にでも出掛けているのだろうと思っていたけど……、実際は違ったみたい。何だか寂しいや。長い付き合いだっただけに。お祖母ちゃんやお母さんだけじゃなく、私の着物もよくお世話になっていたし。


 暫くって、いつだろう?書いてあるってことは再開する気はあるのかな?また開く日は来るのだろうか。


 「それでね、双葉ちゃん。私、色々考えたのだけど。来週から来てくれる予定のお嬢さんがいたじゃない?この間、面接した……」

 「あぁ、あの可愛い子ね」

 「そー。あの子。やっぱりお断りしようかしらと思って」

 「はい⁉なんで?」

 「だって、あの子べっぴんだし、若いし、話し上手だし。何だか皐月君もコロッといっちゃわないか心配で…」


 やだわー。心配だわー。そうなったらどうしましょう、ってブツブツ、ブツブツ。隣で聞いていたお母さんまで「断るなら早い方がいいわよ」と頷き出す。


 いやいや、このオバちゃんら正気か⁉二号店を出すから人手がいるってので募集を掛けたのに、そんな理由でお断りするなんてあり得ない。


 ただでさえ人手不足なのにどうするつもりなの?と心配に思うが、一度走り出したお祖母ちゃんの暴走は止まらない。電話の受話器にまで手を掛けて、すっかりお断りする気になってる。


 「ちょっと待って!その子を断ったら二号店に回す人数が足りなくなる」

 「そこはもう、私が頑張るわよ」

 「膝が痛いとか腰が痛いとかよく言ってるのに?キツイでしょ」

 「そうは言っても…。お向かいさんの件もあるし」
 
 「それはそれ。うちは心配ないから」

 「えー。でもねー。もし、うちのお店でも不倫騒ぎになったりしたらと思うと……」

 「だーかーらー、ないって!」


 しつこいわ!……と、ブツブツ煩いお祖母ちゃんに強めの口調でピシャリと言い放つ。


 まったく。このババは……。いつもいつもやることが斜め上すぎる。いきなり突拍子もないことを思い付いて暴走するから本当に困る。油断ならないし、気が抜けない。


 そりゃお祖母ちゃんが不安に駆られる気持ちはわかるよ。あれだけ仲の良かった夫婦でそれなら、私達のところはもっとやばいんじゃ……と、私だって思う。世間体を何よりも気にするお祖母ちゃんからしてみれば、絶対に身に降り掛かって欲しくない話だろうし。


 だけど、何も起きないうちから相手を疑ってかかるだなんて、そんな……。ましてや、一度決まったものをコチラの身勝手な妄想でひっくり返すなんてあり得ない。店の評判にだって関わる。


 大体、面接で話してるのを見たけど、そんな感じの子じゃなかったじゃない。元気が良くて、愛想が良くて、ニコッと笑った顔が可愛かった。接客上手っぽかったし。あの子はお店に欲しい。


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