いたちごっこ
「おう」
「戻りました」
そうこうしているうちに、皐月とお祖父ちゃんが作業場の裏口からお店に戻ってきた。お祖父ちゃんは中に入るなり予約表に目を通し、皐月は手に持っていた空箱をコトンと音を立てて台に戻す。
二人とも車だからと傘を持って行かなかったらしい。作務衣が少し雨に濡れている。
「おかえり」
「あぁ」
「おー。ただいま、双葉」
タオルを用意しつつ声を掛けると二人はコチラに顔を向けた。しかし、目が合うより早く、二人の帰宅に気付いた野菊ちゃんが凄まじい勢いで作業場に飛び込んでくる。
「わー!皐月さ〜ん。おかえりなさいっ!!」
なんて感激したように叫んで、まるで新妻。ルンルンで二人の傍に行き、子どもみたいに飛び跳ねながら皐月の腕を掴んで振り回した。
“はは”と引き攣った顔で振りほどかれているが、全くめげない。寂しかったです〜!とウルウルな瞳で熱烈に出迎えている。
凄まじいパワーだ。参考にしたいけど、出来る気がしない。隣に居るお祖父ちゃんのことも軽く無視だし。お祖父ちゃんも気にしてないけど。
楽しそうに皐月の周りで燥ぐ野菊ちゃんの姿にちょっと複雑な思いを抱きつつも、二人に「はい」と用意したタオルを差し出す。
「皐月君。どうだった?二号店の方は」
「いい感じでしたね」
「もうほぼ出来上がりって感じかい?」
「はい」
私からタオルを受け取った皐月は作務衣に付いた水滴を払い、お父さんとお祖母ちゃんに見学の感想を述べる。内装の方は問題はなかったし、後は看板をつけて商品を入れて……と熱心に状況説明。他の人も会話に交ざり出す。
皆、盛り上がるその傍で一人疎外感。会話に交じり損ねた所為か近くに居るのに何だか距離を感じる。
例えるならアイドルの握手会に並んでいるときのような距離感。他人と仲良く話している推しを遠目から見ている私。同じ空間に居るのに世界線が微妙にズレてる。
そんな風に考えながら、すっかり温くなってしまったお茶を口に運ぶと皐月がふと視線を私に向けた。強気な目が私の瞳を捉えて数秒、何も言わずにすぐ逸らされる。
「親父さん。夕方に届ける予定のお菓子ってもう出来ました?」
「おぅ。さっき仕上がったところだ」
「ドコにあります?」
「そこに置いてある」
「あ、これですか」
皐月の意識は早くも既に別のところ。視線はもうお父さんの方に向いている。
私と交わった視線は、ほんの一刻のものだった。でも、確かに皐月の心に自分が入り込んだのを感じた。何かやばい。目だけで人って構えるものなんだなぁ……と心の中でひっそりと思う。
視線一つで鼓動を荒立てて、まるでウブな少女のようだ。皆の前だというのに顔が熱い。