いたちごっこ
「何か二号店が欲しいか聞かれたから、つい」
「そんなの欲しいって言えば良かったじゃない」
「だって俺が欲しいのは店じゃなくて双葉と過ごす未来だしな」
「私との…、未来?」
「だから店はいいんで双葉を俺に下さいって頼んだ」
バタンと音を立ててトランクのドアを閉め、皐月は恥ずかしげもなく私に言った。それを言われた私の心境は言うまでもない。
「下さいって、もう結婚してるのに?」
「そうだけど。何か改めてちゃんと許しを得たくなったんだよ」
「貰ってくれって言われて結婚したし?」
「そうだな。貰うよりも“くれ”って言いたかった」
サラリと言われて恥ずかしさに俯けば、皐月は私の手から傘を取って声もなく笑った。ほら、さっさと行くぞって私が車に乗るまで差していてくれるらしい。
「お祖父ちゃんは、なんて言ってた?」
「店が要らねぇみたいに言うなって」
「そうじゃなくて私とのこと」
「いいぞー。持ってけ。熨斗紙を付けようか?だって」
助手席まで傘を差してくれながら皐月がお祖父ちゃんの声真似をする。
熨斗紙って。お祖父ちゃんらしい。渇いた笑みしか出てこない。
「そこはお祖父ちゃんじゃなくて私に言って欲しいところなんだけど」
「結婚してくださいって?」
「んー…。今さらだね」
「だろ」
「うん」
「ま、とにかく。そうやって考えてたら勝負に出すお菓子のデザインがガッチリ決まったから、早引きさせてくれって頼んだワケだ」
「おい」
そこは私と居たいからじゃないのか……と助手席のドアを開けて呆れたように笑う。珍しく攻めるようなことを言ってくれたと思ったら、結局はお菓子作りのためか。本当にブレない。
「お店は要らないのに勝負には勝ちたいの?」
「そりゃな。認められたいし」
「お祖父ちゃん達に?」
「双葉にだよ」
そんなことを言って、皐月は車に乗ろうとしていた私にキスをした。不意打ちのそれに驚いて座席に尻もちをつく。
「いきなり…っ!」
「そう、それ。その顔を今日はアホほど見てやんぞ、と思っての早引きだから」
「はい?お菓子作りのためじゃないの?」
「それは夜にやる」
差した傘をクルッと回し、皐月は私を見て満足気に笑った。
嬉しいことを沢山言ってくれたけど、してやられてる感が凄くて何だか少しばかり悔しい。だから車を出す前にキスを仕返したら、皐月は心底驚いたように車をエンストさせた。危ないだろって怒られたけど、満足。抓られた抓り返す、だ。