いたちごっこ

 そして勝負の日。


 「何だかドキドキしますね」

 「そうね。ワクワクするわ」


 いつもより狭く感じる雪月風花の作業場に野菊ちゃんとお祖母ちゃんの燥ぐ声が響く。

 お店は閉店済みで残っているのは従業員だけ。それでも全員が集まっているから窮屈に感じる。おまけに普段は何も置いていない作業場のスペースに、即席で置いた簡易的なイスとテーブルがあるから余計だ。

 そのテーブルのド真ん中の席にはお祖父ちゃんが、料理漫画の師匠のような出で立ちで物凄く偉そうに腕を組んで座っている。それを見て“ハリセンで叩いてやりたい”なんて思ってしまった私は悪い孫だ。澄ましたその顔を崩してしまいたい。


 「二人とも納得のいく物は出来たのか?」

 「はい」

 「出来ました」


 お祖父ちゃんの確認する声に頷いた皐月と筒地君が、コトっと小さな音を立ててお菓子が乗ったお皿をテーブルに置く。筒地君が置いたお皿の上には、チョコで可愛くデコレーションされたハートの三色団子。一方、皐月が置いたお皿の上には、私たちの名前と同じ双葉と皐月の花の練り切りが寄り添うように乗っている。


 春から夏へ。新しい風が吹いていくってことで季節の移り変わりを表現しているらしい。両方とも意味は似た感じ。


 目新しすぎず古すぎず。奇抜すぎず伝統的すぎず。洋にも和にも寄りすぎてない。二つとも可愛くて美味しそうだし。

 あえて違いを言うなら筒地君のは若い層に好まれて皐月のは年配の層に好まれると思う。どっも店に出せば売れそうだな……と頭の中で計算。

 味の方は食べたお祖父ちゃんのご満悦な顔を見たら聞くまでもないだろう。満足そうに微笑んじゃって、いったい勝敗の方はどうするつもり?


 「どう?」

 「美味い」

 「美味いじゃなくて」

 「いいから。お前たちも食ってみろ」


 機嫌良くお祖父ちゃんから薦められ、見守っていた私たちの分のお菓子もテーブルに用意される。お皿を手にとって食べてみれば確かに美味しい。 筒地君のは正確さを感じる味で皐月のは温かみのある優しい味だ。


 「どっちも美味いな」

 「そうねぇ。二人ともさすがだわ」

 「皐月さんのは家でお茶を飲みながら食べたいし、筒地さんのはデートで食べたい感じですね」

 「だろ。どっちもアリだ」

 「双葉は?おめぇ、どっちがいいと思う?」

 「どっちって……」

 「皐月君と筒地君。どっちのお菓子の方が店に合ってるかねぇ?」


 勝ち負けの判断を委ねるように、お菓子を食べ終わった皆の視線が私に注ぐ。勝敗を決めるお祖父ちゃんまで私をガン見。聞かれても困るのに。


 だって正直どっちも合ってるもん。どっちが上かなんて選べない。それくらい二つとも美味しいよ。


 でも、私はやっぱり皐月が作るお菓子が一番好き。世の中、沢山のお菓子が溢れているけど、そのどれもが皐月のお菓子には勝てない。この世でたった1人にしか作れない特別なお菓子だ。

 美味しいと言うより愛しい。私が愛して止まないのは皐月の作ったお菓子だけ。

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