いたちごっこ
「……お前が喧嘩ばっか吹っ掛けてくるから、無駄に疑われただろ」
蚊の鳴くような声でボソッと。されどハッキリと隣の男が発したクレームが私の耳に聞こえる。なんですって⁉と睨めば、ふてくされた皐月と目が合った。チッと舌打ちされたから負けじとコチラもやり返す。
「勘違いしないで。喧嘩を吹っ掛けてくるのは皐月の方でしょ」
「いや、お前だ」
「何を言ってるの。一昨日だってお茶を淹いれてあげたのに文句を言ってきたじゃない」
「そりゃ大事な書類の横に飲み物なんか置くお前が悪いんだろ」
ギャーギャー、ギャーギャー、小声で言い合い。あくまでも作業場にいる皆には聞こえないように、近くで距離をしっかりと保って。
「だって机が散らかってて、置けるスペースがそこしかなかったんだもの」
「なかったからって書類の近くに置くな」
「はぁ?」
「倒すかも知んねぇとか考えなかったのか」
「何それ!その大事な書類を書いてる最中にお茶を持ってこいって言ったのは誰よ!」
「だからって他にもっといい置き場所があっただろ!」
じゃあ、いったいドコに置けば良かったのよ?モヤモヤ、モヤモヤ。くだらない言い合いが勢いを増していく。火に油。波に風。熱帯に太陽。勢いが増して止まらない。
もー!やっぱりムカつく!!今すぐ『じゃあ、次からは自分でやれー!』と大声でキレてやりたい。が、出来ない。お祖母ちゃんに聞かれたら嘘がバレる。
何だか負けたみたいで悔しいけど、ここはもう大人しく我慢。しょうがないや。丸く収めるにはお互い仲の良いふりをするしかないんだから。
それもこれも従業員を確保するため。これ以上、人手不足が深刻化したら、みんな忙しすぎて辞めたくなるかも知れないし。誰かに辞められでもしたら、それこそ残った人間は寝る時間すらなくなる。
そうなったら、いよいよ本気で不仲の危機。ただでさえ、寝る前くらいしか話す時間がないのに、そこも削られたら、いったいドコで夫婦としての絆を深めるチャンスがあるのか…。私はまだ諦めたくない。