いたちごっこ


 「とにかく、これ以上疑われないように気をつけろよ」

 「言われなくてもわかってる!」

 「頼むぞ。双葉と仲良くやらなきゃ祖父じいさんにまで睨まれるんだから」


 真顔で真剣に頼まれ、思わず苦笑いを浮かべる。だったら、いっそ普通に夫婦らしく過ごせばいいのに。そうすれば変に嘘を吐くことも疑われることもなくなるのに、うちの旦那さんはそれじゃダメらしい。あくまでも現状維持。絆を深めるよりも仲の悪さを隠すことに重点を置こうとしている。


 もー、何だかなー。ちょっと気持ちを変えて、ちょっと接し方を変えれば、上手くいきそうなものなのに、なかなか上手くいかない。こんな調子で、この先まともに夫婦としてやっていける日がいつかは来るのかな。今のところ、そんな未来は全く想像がつかないけど。


 「あー、そうだ」


 グルグル考え込んでいると、皐月がふと私の方に振り向いた。さっきは気づかなかったが、よく見れば手に盆を持っている。


 「何?皐月が作ったの?」

 「おー。親父さんからはまだまだヒヨッコだなって言われたけど」


 そう言って差し出された盆の上には真っ白な雪の落雁。冬の雪って名が付けられたその落雁は、名前の由来の通り真っ白で雪の結晶のような形をしている。


 食べるように薦められて口の中に入れてみれば程よい甘さ。口の中でとろけて雪が溶けていくみたい。馴染みのお客さんは『この感覚が堪らない』と皆、口を揃えて言うけど、その気持ちがわかる。本当に堪らない。


 「美味しい〜!」

 「ふーん」

 「皐月、天才〜」

 「まぁ、一応、親父さんにも合格は貰ったしな」


 素直に自分の感想を述べると、皐月は照れくさそうに指で鼻を擦った。ソワソワしちゃって、褒められると恥ずかしがるところは昔から変わっていないみたいだ。


 私も私で、お菓子を貰うとコロッと機嫌が良くなるところは変わってない。


 あ、だからいつも作ったお菓子を私のところに持ってきてくれるのかな。こうしていつも味見だとかお父さんに認められたとか言っては、手作りの和菓子を持ってくる。


 それこそ白うさぎの練りきりに寒椿の饅頭、雪だるまの大福。他にも色々。沢山。上手くできると今日みたいに食べさせてくれた。


 なんだ。意外と皐月も私のことを頭の片隅に入れてくれていたんだ?知らなかった。かなり嬉しい。
< 8 / 61 >

この作品をシェア

pagetop