いたちごっこ
「毎日、頑張ってるんだね」
「そりゃ早く一人前になりたいし」
「朝から晩まで大変じゃない?」
「全然。むしろ後継ぎとして店に立つからには、もっとしっかり努力しないと」
「おー。そういうとこ偉いよね。尊敬する」
すっかり機嫌も良くなり、皐月を見上げてニッコリ微笑む。自分でも珍しいことをしていると思うが、気に掛けて貰ったことが嬉しくって頬の緩みが止まらない。それに私、皐月のそういう仕事熱心なところ結構好きだから。そこはもう、徹底的に褒めちぎりたい。
「そうか?別に当たり前のことだろ」
「当たり前のことじゃないよ。ココまでくるのに相当、努力がいるもん」
「うん。まぁ……。日数は結構かかったな」
「ね。お店のことも大切にしてくれてるし、いつも感謝してる」
「何だそれ。褒めすぎだろ」
そんな私に皐月は恥ずかしそうだ。落ち着かない様子で首の裏を手で擦ると、私の頭を盆でポンっと叩いて作業場の方へと戻っていった。去っていく背中を見れば鼻歌でも歌い出しそうな勢い。しゃきっとしちゃって頗る機嫌が良い。
ツンデレか!と心の中でツッコむ。
それにしたって、こんな風に穏やかに話したのなんて久しぶりだ。いつ以来だっけ?一ヶ月?三ヶ月?もしかしたら結婚式以来かも知れない。
だからか心臓が煩い。無駄に意識してしまう。生娘でもなければ人の妻でもあるのに、たかが話し掛けられたくらいで動揺して滑稽な。そうは思うが思考というのは厄介なもので、自分で止めようと思ってもなかなか止まらない。ブレーキの切れた自転車のよう。
「あらまぁ、珍しい。本当に仲良くやってるのねぇ」
作業場から戻ってきたお母さんが手で顔を扇ぐ私を見て、喜色満面な笑みを浮かべる。照れて頬が色付いた私の肩を叩いてニコニコと。
ただ嬉しくて笑っているというよりは茶化している感じだ。仲良しアピール的には成功だけど、素のイチャつきを見られたみたいで無性に小っ恥ずかしい。見られてはイケないところを見られた気分。
「……だから心配ないって言ったでしょう。家じゃ、いつもあんな感じなんだから」
「そうなの?だったら、いつもあんな感じでいればいいのに」
「そうは言っても。職場での線引きって結構難しいし」
レジの周りをいそいそと雑巾で拭きながら、お母さんに向かって口からデマカセを言う。
半分、願望みたいなモノだ。実際にそうだと胸を張って言える日がくればいいのにな、って欲求。少し前にした喧嘩も忘れて、夫婦として歩き出す未来まで夢見てるんだから、今の私は余程、浮かれているらしい。満更でもない顔をしている自覚はある。
「まぁ、あたしからすりゃ、さっきのあんた達の方が自然だしね」
「え、そう?」
「そうよ。小さい頃はいつもあんな感じだったでしょ」
懐かしむように目を細め、お母さんはレジに小銭を足しながら、しみじみと言った。堪らず手を止めて小首を傾げる。
そうだったかな……?そこら辺、全然覚えてないや。確かに穏やかで、それなりに仲良くしていた思い出はあるけど、何分小さい頃のことだし、内容までは……。私の記憶から出てくる皐月といえば、張り合って怒っている姿ばかりだから、それが自然だと言われてもかなり違和感。