黒を以て白を制す
「先日はありがとうございました」
「いえ、どうも……」
「あのときお譲りして頂いたネックレスは大事に使わせて頂いてます」
ほら!とネックレスを見せられ、先月行った宝石店で起こった出来事を思い出す。
そうだ。あの日、私は確かにネックレスを彼女に譲った。ずっと欲しいと思ってたお気に入りの宝石ブランドのネックレス。
迷いなく買うには少しお高めの値段。何度も何度もお店に足を運んで買うか悩んでうっとりしては諦めてを繰り返し『ダメよ、桑子。贅沢は敵。あぁ、だけど……』と散々迷いまくった末に先月の始め頃やっぱり諦めきれずに買うことを決心。
その日入ったボーナスを全額まるまる握り締め『あの子とは運命!今日こそ絶対に結ばれるわ。今から迎えに行くからね。待っていなさい』とおかしなテンションになりながらも足取り軽くネックレスを買いに行った。
しかし、そのネックレスに魅入られた女は私以外にも沢山居たらしい。お店には最後の1つしか残っていなかった。しかも生産終了だとかで他の店舗にも在庫が残っておらず、文字通り本当に最後の一点。
勿論、私は『ありがとう。待っててくれたのね。やっぱり私とあなたは結ばれる運命だったんだわ』と感極まりながら、ショーケースから出して貰ったネックレスを手に取り微笑んだ。
そのとき私の隣に来たのが今城さんだ。『はぁ…。やっと買いに来れた……って、えっ?嘘』今城さんもそのネックレスを買いに来たんだろう。空になったショーケースを見ると、ガックリと肩を落とし、ショボくれてた。
それも余程欲しかったのか憂いを帯びた顔をしていて。『うっ』そういうのに弱い私。心の中が罪悪感で埋まる。
そりゃ、めちゃくちゃ欲しかったネックレス。これを逃したらもう2度と手に入らないし、悩んで悩んで買うと決めたもの。手放したら絶対に後悔する。と、思った。
この子と私は運命で結ばれた相手。絶対に幸せにすると決めたの。私はこの子を心の底から愛してる。数ヶ月に渡り逢瀬を重ね、そして今やっと囚われていたガラスの檻からこの子を助け出すことが出来たのだ。
そう。今からやっと私達のハッピーライフが始まる。始まるのだが……!と、そりゃもう悩みに悩んだ。が、肩を落として去っていく今城さんの背中が余りに寂しくて、気付いたら追い掛けて肩を叩き『良かったら譲りますよ』と言っていた。
これも縁。私とこのネックレスには縁が無かったのよ。グッバイ、ネックレス。さよならネックレス。彼女に沢山可愛いがって貰ってね。幸せになるのよ。と頭の中で自分を納得させながら。
『宜しいんですか?』
『はい。買うか迷ってたくらいなんで』
『本当に?』
『いいですよ。気にせずどうぞ』
『まぁ!嬉しいっ。ありがとうございます!』
内心後ろ髪を引かれる思いで渡した私だったが、ネックレスを受け取った時の彼女の綻んだ笑顔が最高に輝かしくて、手離す頃には釣られて笑顔になってた。
欲しかったネックレスは手に入らなかったけど、何だか得した気分になったくらい。あまりの嬉しさに帰り道、ルンルン気分でアイスを買い、一人で鼻歌まで歌ってしまったのは、ここだけの話。
悪役人生を歩んできた私がちょっと良い人になれた心暖まる唯一のエピソードである。