黒を以て白を制す
「ごきげんよう。伊那さん。今日はどちらで夕食を取られるの?」
「この間3人で一緒に行ったお店に行こうと思ってる」
「まぁ!そうなの?私もご一緒していい?」
「うん。いいよ」
今城さんと伊那君が仲良さげに喋り今日の予定を進めていく。この間一緒に行ったお店とは会社の近くにある居酒屋のことだ。今城さんが入社した日、帰社途中に『私も一緒に行きたい』と言われ、歓迎会がてら行ってきた。
行った居酒屋はカウンター席とテーブル席がある普通のお店。本当に普通の店だったんだが、今城さんは居酒屋に来るのが初めてで新鮮だったらしい。『まぁ。ここが噂の居酒屋……?』とキョロキョロ物珍しそうにお店を見渡してた。
可愛いらしいなぁ。初めて来る場所ってワクワクするもんね……と微笑ましく見ていた私。『この広さ、この感覚、家の鳥小屋を思い出しますわ!』と言われてズッコケそうになる。
カウンターの中で焼き鳥を焼いていたお店の大将はそれを聞いて苦笑い。咄嗟に『しー。そんなことを言っちゃダメ』と人差し指を口に当てて今城さんに言ったら、彼女は『どうして?だって本当にそっくりなのよ?』と不思議そうにキョトンとしていた。
どうやら、そういう感覚が一般市民とは少しズレているらしい。ちなみに伊那君はそのとき焦り倒す私の隣で肩をプルプルと震わせて笑うのを我慢してた。
まぁ、天然すぎるけど、今城さんが悪い子じゃないのは確かだ。最初こそあれだったけど、料理を一度食べると『素晴らしいわ!こんな美味しいものが作れるなんて、貴方の味覚は神が齎した奇跡じゃないかしら。天才よ』と大将を褒めちぎってたから。
勿論、それを聞いた大将は大喜び。次々に『これサービスね』と料理を出してくれて、食べられなくなると今度は新メニュー作りの相談までやり始め、店を出るときには『おい嬢ちゃん。また来いよな。絶対だぞ』と今城さんと熱い握手を交わしてたところで居酒屋の話は終わる。
楽しかった一夜だ。また今日も楽しめるといいなと思う。しかし、今どき家にあの広さの鳥小屋があるって、いったいどんな家に住んでいるんだろう……。宮殿レベルかな?想像もつかない。