黒を以て白を制す


 「今城さん、ちょっといいかね?」

 「はい」


 部長に呼ばれて今城さんが離れていく。お昼前とはいえ、皆が仕事をしている最中。わりと煩い環境なのに、何故かその場が静かになったように感じ、歩いて行く今城さんの背中を少し寂しく感じながら見る。すると、伊那君が私を見てクスっと笑った。


 「良かったじゃん。仲の良い友達が出来て」

 「うん。本当にね。毎日楽しい。名前を呼ばれる度に嬉しい気持ちになる」

 「ふーん。なんかいいなー。それ。ちょっと羨ましい。俺も桑子って呼ぼうかな」

 「えっ!?」

 「ダメ?」


 お願いするように首を傾げて微笑まれ、思わず持っていた書類を手から落としそうになる。


 え、いきなりまさかのラブイベント発生?名前呼び?何かやったっけ?パラメーターが上がるようなことを何かしたっけ?会話でハートが1個増えた?なんて一瞬の間に次々と考えてしまう。


 別に下の名前で呼ばれるくらい、今城さんだって呼んでるし、普通。普通だけど。普通なんだけど!何だか伊那君に呼ばれるのはちょっと照れ臭い。嬉しさ半分、恥ずかしさ半分、2つ足して喜び全部だ。


 「嫌?」

 「いいよ!」


 声が被る勢いで言った私に、伊那君は「やったー」
なんて子供っぽい事を言いながら機嫌が良さそうに笑う。

 やばい。今日も笑顔が眩しい。キラキラだ。浴びた光で心に芽生えた淡い感情までスクスク育ちそう。光合成でもするみたいに。

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