黒を以て白を制す

 「桑子」

 「はい」


 からかうような口調で名前を呼ぶ伊那君にえらく畏まった姿勢で返事をする。緊張に緊張。名前くらいでドキドキして子どもか!と思うけど止まらない。

 しかし、全力で萌える私の感情など露知らず、伊那君は私の肩をポンっと叩くと「社長室に行くから。また後でね」と去って行った。


 うぉー、マジか。マジか……と心の中で呟きながら、自分も席を立ち、お茶を飲むために休憩室に向かう。


 気分は最高。絶好調。人生初と言えるくらいの充実感。無駄にテンションが上がってる。しかし、休憩室に近づいた瞬間、せっかくのルンルン気分が残酷なくらいにぶっ潰される。


 「ねぇ、あまり安久谷さんとは仲良くしない方がいいよ」


 出た。まるでお化けでも見たような気持ちで立ち止まる。休憩室の中から聞こえる愛らしいヒロイン声。


 萌だ。間違いない。この運動部のマネージャーっぽい声の持ち主は萌しか居ない。校庭を走る部員に『皆ー!頑張れ。ファイト!ファイト!オー!』とか応援の掛け声を掛けてそうな声。


 それにしても私と“仲良くするな”だなんて。可愛い声には相応しくない悪役じみた台詞だ。


 顔だけを見たら『ヤメて!イジメなんて絶対にダメよ。許さないわ』と両手を広げて友達の前に立ってそうな清純さなのに。


 影でイジメの勧誘までやり始めたの?可愛い顔をして恐ろしい女。言われてる相手は誰よ?とドアの隙間からこっそり中を覗く。


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