黒を以て白を制す
「さ、言いたいことがあるなら是非どうぞ。手紙じゃなく目の前で」
「黙れゴミ。命令すんな。陰険女」
「はい?陰険女~?あなたみたいな陰険、陰湿、陰気な人間のことですか~?」
「なんですって?バカにすんのも大概にしな!」
ふざけた瞬間、社員Aさんが手にした書類を放り投げて天狗の仮面を付けたような顔で怒鳴った。あらま。ブッチギレていらっしゃる。背後に雷でも落ちてきそう。
いや、それより書類の取り扱いは丁寧にしてよ。それ結構重要なやつなんだから、と心の中で冷静に思う。
「あー、落ち着きたまえ。2人とも」
部長が凄い気まずそうに縮こまりながら間に割って入って来た。うぉー、面倒くせー。関わりたくねー。でも、止めなきゃな。俺が止めなきゃ誰が止める。って顔だ。
傍観者だらけの中で自ら止めに入る勇気。だからこそ、彼は部長の座まで上って来れたのかも知れない。もしくはぶちギレてる奥様を常日頃から対処してて慣れているのか。
最大の味方が最大のクレーマー。愛を持ったブチ切れを日頃から常習的に浴びている部長からすれば、他人のブチ切れなど恐れるに足らん可愛いらしいものに見えるのだろう。嫁のブチ切れに比べればまだマシか、と。
「部長!また安久谷さんが~。何とかしてくださいよ~」
『先生~、安久谷さんがまたクラスの男子をイジメてまーす』と教師にチクる学級委員長みたいな口調で社員Aさんがチラチラと部長の顔を見る。
イジメてるんじゃなくてイジメてきたからやり返しただけだ、ということをすっ飛ばしての告げ口。とにかくムカつくし気に入らないから、何が何でも嫌な目に合わせたいんだろう。
相手の嫌がりそうなモノを使って痛めつけたいんだ。社員Aさんの今の心境はきっと“おーし!召喚獣が来たぞ〜”って感じに違いない。しかし、彼女は怒りで飛んでるのか重大な事実を忘れている。
「先に何かをやったのは君の方じゃないのかね?」
嫌がらせをやったのは自分の方だということを。どれだけ私が怒ろうと揉める原因を作ったのは先に嫌がらせをした社員Aさんの方だ。部長の怒りを私に当ててやろうとしてたみたいだが怒られるのは彼女の方。
その証拠に部長は溜め息を吐きながら社員Aさんを見つめている。悪口の書かれた手紙を手に持って。