黒を以て白を制す


 「違います!あたしは悪くありません。安久谷さんが……」

 「違う?この手紙は君が書いたんじゃないのかね?」

 「それは……」

 「違うなら調べさせて貰うが。どうする?」


 嫌がらせの手紙を目視しながら部長は社員Aさんに問い掛ける。ここで“うん”と言えば部長は本気で調べるだろう。全社員1人1人を呼び出して聞き取りを行い、何なら筆跡と目撃証言、アリバイまで調べる。部長はそういう人だ。そのことは社員Aさんも重々承知しているらしい。


 「いえ。すみません。書きました」


 直ぐに頭を下げた。



 「んー、だとしたらなぁ…。さすがにこの手紙は」

 「酷いですよね?部長」

 「あぁ。安久谷さんが怒るのも無理はないと思うぞ」


 部長の後ろからひょこと顔を出し、そうだそうだもっと言えと言わんばかりに意地悪くほくそ笑む。言葉に音符が付きそうな声色だ。いつもとは立場が逆。社員Aさんの真似。


 普段の私だったら『別にもういいですよ』と言っているところなんだけど……。これでいいのかな?性格の悪い女って。よく分からない。今城さんは“うんうん。それでいい”って顔で頷いてるけど。


 「違います、部長。それは、あたしじゃなく安久谷さんが悪くて~」

 「うん、だから悪いのは君だって」

 「そうですけど。あたしがこんなことをしたのも安久谷さんが悪いからで~」

 「なら安久谷さんのドコが悪くてこんなことをしたのか、どう改善して欲しいのかハッキリ口で言いなさい」

 「……え?」

 「手紙を見た限りじゃ分からん。君がただ気に入らないから不満をぶつけてるだけのように見える」

 「……」

 「……それともこう書くしかなかったという正当な理由が何かあるのかね?あるなら聞くが」


 部長の怒涛の攻めに社員Aさんはすっかり黙り混む。何も言えない。つまり言えるだけの何かなど無いのだと思う。


 ただ気に入らなかっただけ。あいつ、ちょっと調子に乗ってんな。生意気だし、しめとくか。のノリ。小さい不満をツラツラと過大に大袈裟に取り上げてぶつけただけ。


 「無いのか」

 「はい」

 「なら君が悪いな。謝りなさい」


 鶴の一声。部長に言われて社員Aさんは凄い不満そうな顔をしながらも「すみませんでした」と私に謝ってくれた。もう2度としない、と約束を交わして。手紙はその場で破棄。負の感情を奪い去るように粉々に消えていった。


 「いいか、君たち。相手には不満をぶつけるんじゃなく改善を求める。そして改善されたら感謝し、次は自分が相手に対して喜びと幸せを与える」

 「はい」

 「お互いが意見を尊重し合い、良好な関係を保つようにしろ。相手に変わって欲しかったら自分がその後どう変わるのかも相手に伝えなきゃいかんぞ」


 そこから軽く部長のお説教が始まり、仕事に戻り、その日の業務は終了。安久谷桑子、悪役ライフを始めて初の勝利である。


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