黒を以て白を制す

 「……伊那君、何か食べる?」

 「ん?取ってくれるの?」

 「うん。どれがいい?」


 何だか色々考えてたら急激に恥ずかしくなってしまい、いつもの口調で取り皿とお箸を手に取った。機嫌が良さそうに「ありがとう」と穏やかに笑う伊那君。


 その隣で静かに静かに落ちていく私。恥ずかしさと空しさと冷静さと恋心とセーブする気持ちを足して今。穴があったら入るどころか閉じ籠りたい。


 媚びを売りまくってると言うから売ってやろうと思ったけど私には無理っぽい。だって、誰かに言い寄ってる自分の姿を想像すると無性に醜く感じて寒い。何も考えずに動いてたら何とも思わないが、ふと冷静になって客観的に見たりするとゾッとする。


 たとえ、相手から返ってきた反応が悪いものじゃなかったとしても。真っ黒な自分なんかが誰かに擦り寄ろうなんておこがましい、自分みたいな人間に纏わり付かれるなんて相手が可哀想、向こうもドン引きしてるんじゃないか、と重く暗く考えてしまう。考えて、そして、異様なくらい頭が冷える。今みたいに。


 思えば昔からそうだった。それなりに恋愛経験はあったりするが、誰かに恋をしたり誰かと付き合う度に、いつも恋する自分と冷静な自分が共存してる。相手に好きだと言われると嬉しくて仕方ない反面、私なんかのドコが良いんだろうと不思議で仕方がなかった。


 わざわざ口には出さないけど、疑問でいっぱいな状態。好きになるだけの魅力的な何かが自分にあるとは全く思えなかった。何も考えずに普通の女みたいに動いてる自分と、引きまくってる自分が常に頭の中に居て、相手と一緒に居るとまるで夢でも見ているような気持ちになる。これ、本当に現実かな?って。


 別に自分が嫌いな訳じゃない。好きになろうと努力はしてる。ただ、あなたは魅力的な人間ですか?と聞かれたら、考えるよりも先に“そうじゃない”と心が勝手に答える。否定したくっても毎回。庇うより先に自分を否定する言葉が出てくる。



 だから長所と短所を書きなさいって質問が苦手だ。短所はどこかと聞かれると止めどなく書けるのに、長所はどこかと聞かれると途端にペンが止まる。考えてもなかなか出てこない。ずっとずっと考えて、他人に聞いて、結局当たり障りのないことを書いたりする。


 そして見つけた答えをこれが正しい、これが正解だと頭の中に叩き込む。何も出来ない人間じゃない、誇れる何かが1つはあると自分に言い聞かせるように。


 じゃなきゃ大量に溢れた短所たちに心が押し潰されそうになる。“お前はダメな人間だ”と責めに責められて闇の中に引っ張り込まれそうになる。それこそ唯一の光である長所が引っ張り上げてくれなきゃ前に進むどころか立つことも出来ない。ずっと踞ったまま。何も出来ない。恋の1つだって。


 引かれたくない。嫌われたくない。嫌われたら立ち直れない。そんな思いでいっぱいになって恐れてしまうくらいだから、きっと私は伊那に惹かれているんだと思う。それどころか自分が思う以上に伝えたい以上に伊那君のことが好きなんだと思う。


 だって、何でもない行動や何気ない仕草の1つに触れただけで“あぁ、好きだな……”って感じてしまう。心で感じた思いが1つ1つタイピングでもされていくかのように。勝手に文字となって頭の中に流れていく。


 バレないように必死に隠してるけど、どうやったって自分の心の内に溢れる感情は隠れない。壊れた蛇口から漏れ出る水のように勝手にポタポタと零れ落ちる。“好きだ、好きだ”って、まるで気付いて欲しいと言っているみたいに。


< 53 / 79 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop