黒を以て白を制す
「髪がグラスの中に入りそうって言ったんだけど。聞いてた?」
焦りまくってる私を見て伊那君がキョトンとした表情を浮かべる。不思議そうに瞬きをして、なんでこいつ焦ってんの?って疑問でいっぱいになっていそうな顔だ。
その困惑する顔すらカッコいい。纏うオーラがふわゆる系の淡いシャボン玉みたいにキラキラしている。そんな眩しい存在に見られていると自覚したら余計に恥ずかしくて耐えられなくなってしまい、顔を手で覆って膝に突っ伏した。
やばいやばいやばい。顔が熱い。照れてるって気付かれそう。
「そっかー。髪が……。ビックリした」
「うん」
「本当にビックリした。ははっ」
努めて明るい声で言ったが言い訳がましい。これじゃ嘘ってバレバレだ。でも、まさか言えないわ。触られて照れたなんて。しかも触った理由がめちゃくちゃ普通。意識するのも変なくらい。
あー、もう。どうしよう。気まずい。凄い気まずい。あり得ないくらい気まずい。何とも言えない雰囲気が流れてる。
「何?どうしたの?」
そう思ってたけど、自分が思うのとは反対に伊那君は面白おかしくクスクスと笑い始めた。私の顔を覗き込んで物凄く楽しそうに。そのくせ素直に言わすだけのパワーを持ってる。
「だから、その……。伊那君がいきなり触るからビックリしちゃって」
「うん。それで?」
「何て言うか……。もー、あれよあれ。照れちゃったの!恥ずかしくて」
白状した瞬間、耳まで赤くなるのを感じた。自分をきもいと感じる余裕すらなくなる。
その隣で伊那君はだんまり。様子が気になって顔を上げる。すると、伊那君は目を細めて子供でも見るような顔で私を見てた。初めて見る表情だ。随分と優しげな。
「桑子のそういう素直なところ良いよね」
「素直?私が?」
「うん。捻くれてない。恥ずかしかったら照れるし、嬉しかったら喜ぶし、楽しかったら笑う。感情の出し方も真面目」
「そう、かな?」
「そうだよ。それに面白い」
「面白い……?」
「さっきだって騒いでた人を武将みたいな顔で討ち取りに行ってたし」
「あぁ、あれ。気付いてたの?」
「まぁね…。さすがにそろそろ黙らせたいなーと思って見てたから」
そう言って伊那君は考え込むようにテーブルを指でトントンと叩く。
何だかよく分からないけど、思ってたのと違う反応が返ってきて、ちょっと心が落ち着いた。隣に居る萌は腹立たしそうな顔で私を見てるけど。