黒を以て白を制す


 「何かトラブルでもありました?」


 怒鳴る部長の声を遮るように、取引先から帰ってきた同僚の伊那君いなくんがのほほんとした顔で鞄をデスクに置く。


 口角が緩く上がってて目が優しい、癒される感じの穏やかな笑顔だ。


 商談が終わって疲れてる筈はずなのに出社してきた時とキラキラ度が何一つ変わっていない。

 ビシッとスーツを着こなして朝一番の輝きを終業間際の今もまだ保っている。



 「あー、伊那君か」


 喧嘩の仲裁に入るには似つかわしくない笑顔を向けられ、召喚獣みたいに火を吹きまくってた部長も落ち付きを取り戻したらしい。

 怒りと言う名の羽を畳んで表情を和らげる。


 やばい。避雷針がやって来た気分だ。さっきまで後ろでブツブツ言いながら帰り支度をしていた社員達も「伊那君、お疲れ~」なんて甲高い声を上げて笑ってる。


 ちなみに伊那君は私が社内で仲良く話せる唯一の人間である。貴重も貴重。トラブル続きでも会社を辞めなかったのは彼の存在がかなり大きかった。


 「実は安久谷さんが明日使う予定の資料をシュレッダー行きにしてしまってな」

 「安久谷さんが?珍しいですね。いつも慎重に取り扱ってるのに」

 「いや、それが、やったのは川合さんなんだが。彼女に破棄するように指示を出したのは安久谷さんらしくて」

 「指示を出した?出したところで破棄をする前に部長から “破棄” の判を押して貰う必要があるでしょう?それはどうしたんです?」

 「それは…… 」

 「まさか押したんですか?」

 「ない。絶対にあり得ない」

 「なら川合さんが勝手に早とちりしてやっただけじゃないですか?彼女、返事半ばのミスが多いですから」

 「あぁ、まぁ…」



 ガックリと項垂れる部長と話しながら伊那君は自身のパソコンを開く。


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