黒を以て白を制す


 「ってわけで、いい加減周りにも黙って頂きたいし。この際、皆の前で関係をハッキリさせておこっか」

 「ハッキリ……?」

 「好きだよ。桑子」

 「えっ?」

 「俺と付き合って欲しい」


 とんでもないことを川のせせらぎのようにサラリと言われ、ただただ呆然と伊那君を見つめる。


 何これ、公開告白?伊那君、凄い穏やかに笑ってるけど。もしかして、ただの冗談?罰ゲームとか。餌に食らいつく魚を釣るみたいにネタで私を釣ろうとしてる?


 だって信じられない。私みたいな女を伊那君が?真っ黒な私と真っ白な伊那君が付き合う?あり得ない。ってか伊那君、私のことが好きって言った?嘘でしょ!?


 「それとも俺じゃ……」

 「はい!喜んで!」


 ダメかな?と聞かれるよりも早く、元気な居酒屋店員みたいに威勢良く返事をした。手をガシッと掴んで。


 まるで、このチャンスを逃して堪るものか……!と釣り針の餌に食らいついた魚。餌を離さず海面で三段ジャンプをしてみせた魚。うぉー!太陽が眩しいー!と思ったら伊那君か〜い!と釣られながら一人ツッコミしてる魚。とにかく魚のように自ら伊那君に釣られにいった。


 冗談でもいい。1日でもいい。釣るだけ釣って海に放たれてもいい。伊那君の彼女になりたい。なってみたい。もうずっとずっと抱えていた自分の心にある恋愛の闇すら吹っ飛ばし、純粋に伊那君が好きだって気持ちだけで手を掴む。


 そしたら伊那君はちょっと恥ずかしそうに「そっか。じゃあ、よろしく」と視線を逸らして俯いた。照れてる伊那君の破壊力が凄まじい。キュンキュンしすぎて精神がバグりそう。


 でも、何でもいいや。好きだから。何も考えられない。とにかく好き、付き合いたい!って気持ちが溢れてる。


 「あら、伊那さんたら。随分、真っ直ぐな方法で外野を黙らせにいきましたわね」


 今城さんが呑気にお茶を啜りながら呟く。その球できたか〜とでも言いたげに。


 「はぁぁぁぁぁっ⁉嘘でしょ!?伊那君と安久谷が?」

 「安久谷、お前ふざけんなよ。マジで」

 「なんでお前が伊那君と!」

 「性悪女、伊那君を返せぇぇぇぇ!」


 悪口シスターズの叫ぶ声が居酒屋に響く。


 安久谷桑子、25歳。彼氏居ない歴0秒。ついにフラグ立てのおっちゃん達が本格始動。旗を持って突っ走るためのウォーミングアップを始めたようです。



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