黒を以て白を制す


 まぁ、でも別にいいよ。過去のことだから。そろそろ吹っ切れようと思っていたし。だけど、心に負った傷は消えずにずっと痕になって残っていたらしい。


 萌を見ていると彼女の姿を思いだして止まらない。姿が被るし腹が立つ。だからかな。余計に思うの。負けたくないって執拗に。


 「優しくされた記憶?迷惑を掛けたの間違いじゃなくて?」

 「はぁ?ふざけんな!」

 「妄想で作り上げた理想の自分と現実の自分を混同しないでくれる?」

 「もー!何それ‼陰キャのくせにムカつく……っ」


 ただ萌の怒りは相当らしい。ぶちギレながら近くにあったお菓子の空箱を私に投げつけてきた。ひょいと躱したら余計にムカついたらしく歯軋りまでし始める。やば…、いつもの萌じゃない。まるで別人。本気でラスボスみたいだ。



 「まぁまぁ、萌ちゃん。落ち着いて」


 余程見兼ねたのか隣に居た悪口シスターズが止めに入る。お菓子を食べながら。


 「ちょっと先輩たち。最近甘すぎません?安久谷さんにしてやられるなんて」

 「えー、だって、安久谷の持ってくるお菓子、美味しいのよ」

 「萌ちゃんも食べてみ?」

 「要りません!」


 お菓子を差し出した悪口シスターズにキッパリと言い放ち、萌は恨めしそうに私を睨む。


 まるでイジメっ子を睨む主人公だ。イジメられてるのは私の方な気がするが。彼女は飽くまでもヒロイン。どんな状況であろうと私が悪役で萌は悲劇のヒロインだ。萌の中では。


 「伊那さんに相応しいのは私の方ですから」

 「だからね……」

 「今すぐ別れてください!」

 「知らん。絶対別れんぞ」

 「どうせ、すぐに捨てられるわ!」


 何度言い返しても返事は同じ。萌は吐き捨てるだけ吐き捨てると、帰宅の準備をして去っていった。手強い女だ。さすがラスボス。ただではやられてくれないか。


 「あーあ、派手にやったね」

 「まぁ、萌は伊那君のことが本気で好きだから。仕方ないわ、安久谷」

 「あの子のことはあたし達が何とかするし。もう放っておきな」

 「そうよ。それより、あんたは伊那君のとこに行ってあげれば?気にしてるかも知れないから」

 「はい」


 悪口シスターズにフォローを入れられて頷く。何だか物凄く優しい。えらい変わりようだ。人の関係って変わるものなんだなと心に染みて思う。萌ともいつか変われる日が来るのかも知れない。いや、来ないかも知れないが。


 とにかく、もう既に帰社時間。皆は帰って行ったが、伊那君と部長は残業で残ってる。機嫌が悪いのか元気がないのか、伊那君の様子を見に休憩室からデスクに向かう。

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