黒を以て白を制す
「あー、すまん。伊那君。例の件だが…」
「はい。なんでしょう?」
ガランと寂しくなった社内。部長に声を掛けられた伊那君が仕事の手を止めて顔を上げる。やっぱり顔に元気がない。渡された書類をデスクに置き、目頭を押さえて疲れたように溜め息を吐いてる。
「伊那君」
「あぁ、桑子……」
傍に近寄って声を掛けると伊那君は元気なく顔を上げた。何だかもう元気が無いどころか落ち込んでるっぽい。どうしたんだろう?
「何かあった?」
「んー、ちょっとミスしちゃって。気が滅入ってたとこ」
「伊那君が?珍しいね」
「まぁ、なるべく気をつけてはいるんだけど。相手が厳しい会社だったから結構派手に怒られて」
「あー、」
「何か自信無くしちゃってねー。川合さんにも八つ当たりしちゃうし。情けないわ」
そう言って伊那君は唇だけで薄っすらと笑う。憂鬱気なその姿を見て、こっちの胸まで痛くなる。
そりゃ元気も無くなるわ。いくら普段は自信に満ち溢れてたって、怒られれば落ち込みもするし、自信もなくす。怒られる以上に褒められていたってだ。人は大抵、良い言葉は1で聞こえ、悪い言葉は10で聞こえる。悪い言葉は良い言葉より心に残るから。
もうそれこそ、重荷になって進もうと思っても進みにくくさせる。ずっと、ずっと心に残って深く考えてしまう。
でも、それはきっと自分を成長させようとしている証拠だ。悪いところを直したいと思うから苦しい。向き合うから逃げたくなる。どうにかしたいから足を止める。自分に厳しくしようとするから悩む。
そう思ったら結局、自分の1番のアンチは自分自身なんだなと思う。後はどれだけ自分が自分のファンになれるか。人一倍厳しくしつつも人一倍甘やかす、どれだけ向上心を持ちながら自分に優しく出来るかが重要だ。