身代わり同士、昼夜の政略結婚
殿下、と滑り落ちた呼びかけを止めるように、大きな手が頭を撫でる。


引かれていた指先が離れて腰に手が回った。ぎゅう、と寄せられた体、頭の上を、穏やかな声が降る。


「アステルと、呼んでくださいますか」


それはまさしく懇願だった。王子たるこの人が、(たっと)くあれと育てられた人が、くすぶる熱で懇願している。


「……アステル殿下」


乾いた唇を開くと、馬鹿みたいに声が掠れて揺れた。わたくしも尊く気高くあれと育てられたのに、全然実践できない。

それでもよかった。この人を呼びたかった。


「はい」


頷いた殿下の声があまりに満ち足りているものだから、泣いてしまいそうだった。


「いやですわ。お名前を呼んだだけ。まだそれだけですよ、殿下。わたくしは、他にもたくさん殿下としたいことがありますのに」

「アステルと、呼んでください。……他には、例えば?」

「ええ、アステル殿下。他には、……いつか、とお約束しましたでしょう」


アステル殿下が息を呑んだ。


「ベール、ですか」
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