身代わり同士、昼夜の政略結婚
そうっと指先を重ねた。避けられはしなかった。
重ねたままベールの裾に導くように持ち上げたのに、するりと指先を繋がれる。手を握られてしまい、そのまま静かに下ろされ、そっと離された。
ベールに触れもしない、こちらに導かせもしない。けれど指先が甘やかで、強い言葉で嫌がられたわけではないのが、ずるいところだった。
拒まれたと分かって、言葉を尽くす。
「今なら! 今なら、お願いできそうなんです。嬉しかった気持ちでいっぱいで、多分恥ずかしさにも耐えられるので……!」
前は見られなくって横を向いてしまうし、ふるり、いまだに肩が震える。
でも、それでも、あなたがいい。約束したいつかを叶えたい。
「ベールを取るのは、あなたがいいのです。おいや、で、しょうか……」
うなだれたわたくしの手が、きゅ、と握られた。先ほど同じ、少し低い体温。アステルの大きな手。
「いろいろなことが、あなたにとってよい方向に進んでいるのを、幸いに思います。この国が住みやすいのは嬉しい。喜んでもらえたのは嬉しいんですが……」
言い淀むアステルが、繋いで持ち上げたこちらの指先に、ふ、と一度唇を触れさせる。
ああ、と思う。
このひとは、唇でさえ、少し体温が低いのだ。冷たくはないけれど、熱くもなく、オルトロスの風のように軽かった。
「ミエーレ。私だって、平気なわけではないんですよ」
「緊張しますか?」
問うた自分の声の方が、よほど掠れていた。緊張、としっかりした声でアステルが繰り返す。
「いいえ。待ちきれずに、全部取り払ってしまいたくなるのです」
挑むような言葉選びに、布越しでは分からないかもしれないけれど、にっこり笑ってみせる。
「あなたはそのようなこと、なさいませんわ」
「ええ、あなたはそうおっしゃるでしょう。……ですから、いたしません」
きちんと一枚だけに指をかけたアステルが、困ったように微笑んだ気配がした。
はらりと落とした薄布を、大きな手が丁寧に畳む。
そこでお願い以上のことはしないからお願いするのだと、距離を測り合い、手探りし、おそらくお互い分かっていた。
重ねたままベールの裾に導くように持ち上げたのに、するりと指先を繋がれる。手を握られてしまい、そのまま静かに下ろされ、そっと離された。
ベールに触れもしない、こちらに導かせもしない。けれど指先が甘やかで、強い言葉で嫌がられたわけではないのが、ずるいところだった。
拒まれたと分かって、言葉を尽くす。
「今なら! 今なら、お願いできそうなんです。嬉しかった気持ちでいっぱいで、多分恥ずかしさにも耐えられるので……!」
前は見られなくって横を向いてしまうし、ふるり、いまだに肩が震える。
でも、それでも、あなたがいい。約束したいつかを叶えたい。
「ベールを取るのは、あなたがいいのです。おいや、で、しょうか……」
うなだれたわたくしの手が、きゅ、と握られた。先ほど同じ、少し低い体温。アステルの大きな手。
「いろいろなことが、あなたにとってよい方向に進んでいるのを、幸いに思います。この国が住みやすいのは嬉しい。喜んでもらえたのは嬉しいんですが……」
言い淀むアステルが、繋いで持ち上げたこちらの指先に、ふ、と一度唇を触れさせる。
ああ、と思う。
このひとは、唇でさえ、少し体温が低いのだ。冷たくはないけれど、熱くもなく、オルトロスの風のように軽かった。
「ミエーレ。私だって、平気なわけではないんですよ」
「緊張しますか?」
問うた自分の声の方が、よほど掠れていた。緊張、としっかりした声でアステルが繰り返す。
「いいえ。待ちきれずに、全部取り払ってしまいたくなるのです」
挑むような言葉選びに、布越しでは分からないかもしれないけれど、にっこり笑ってみせる。
「あなたはそのようなこと、なさいませんわ」
「ええ、あなたはそうおっしゃるでしょう。……ですから、いたしません」
きちんと一枚だけに指をかけたアステルが、困ったように微笑んだ気配がした。
はらりと落とした薄布を、大きな手が丁寧に畳む。
そこでお願い以上のことはしないからお願いするのだと、距離を測り合い、手探りし、おそらくお互い分かっていた。