お針子は王子の夢を見る
「行ってらっしゃい。幸せにしてあげてね」
 ルシー・メルシエはいつものように、出来上がった衣装に声をかけた。
 トルソーには男性の服。材質はグレーのなめらかな絹だ。コート、ウエストコート、ブリーチズのセットで、仮に合わせたクラヴァットとシャツにピッタリ合っている。

 ウエストコートはコートの下に着るもので、ブリーチズは半ズボンだ。これに長く白い靴下を合わせる。クラヴァットはスカーフのような装飾だ。

 コートは腰を覆うほど長く、背にはプリーツが作られて優雅なラインを見せている。(えり)と折り返した袖口(そでぐち)に銀糸で縫い取りをした。襟から(すそ)花綱(はなづな)が流れる模様には特に苦労した。
 王子が舞踏会で着ると聞いていたから、なおさら慎重になった。高貴に見えるように、上品に見えるように、細心の注意を払って縫った。

 子供の頃、王族は贅沢(ぜいたく)に遊び暮らしていると思っていた。
 十六歳になった今は、王族は国民のために日々その身を尽くしていると知っている。不便も多いらしいし、国民からは何をやっても常に不満をぶつけられる。せめてその身につける服が彼を幸せにしてくれたら、と祈って縫い上げた。

「お疲れ様」
 声をかけられて振り返ると、工房のおかみさん、マノン・クロワゾンがいた。
「ありがとうございます」
 ルシーは紺色の瞳をうれしげに細め、頭を下げた。夕日のような赤い髪が揺れた。

「今回もいい仕上がりだね。侍従から毎回指名が入って、私も鼻が高いよ」
 マノンは誇らしげに衣装を見る。
「ほかにもあんたを指名する予約は増えてるんだから、これからも頼むよ」
「はい!」
 ルシーは元気よく答えた。



 夕焼けに照らされながら、ルシーは家路をたどる。
 赤く染まった街は、同じように帰路を急ぐ人であふれていた。
 石畳を靴がこつこつと叩く。人々がさざめく声が道にこぼれ、子どもたちがぱたぱたと走っていった。
「今日もよくがんばった!」
 服が完成した日はいつも達成感で心が満たされる。終わった、という解放感と、終わってしまったというわずかな寂しさも心にあった。それらがないまぜとなり、心はふんわりとしていた。
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