お針子は王子の夢を見る
 できることなら、とルシーは思う。
 一度でいいから、それを着た王子を見てみたいな。

 かなうことのない夢だ。
 庶民が王子に会うなど、ましてや舞踏会に参加するなどありえないのだから。

 舞踏会ってどんな感じなんだろう。
 会場はどんなに豪華だろう。やはり金の装飾が多いのだろうか。
 想像できなくて、ルシーはため息をついた。

 衣装なら作っているからわかる。きらびやかで華やかだ。シンプルな人もいれば、過剰な装飾を誇る人もいるだろう。今の流行だと装飾多めだ。生地はサテン、タフタ、ビロード、リネン。それを飾るのはチュールレースにヴァランシエンヌレース、ル・ピュイレースなどなど。

 行ってみたいなあ。
 はあ、とため息をついた。
 だけど、とまた思う。
 自分は行けないけれど、作った衣装は舞踏会に参加するのだ。自分を誇ろう。

 心地よい疲労に酔って、閉店間際の店でパンを買った。
 今日はこのパンと野菜のスープで夕食にしよう。
「ただいま」
 唯一の家族、母のシェルレーヌは椅子に座ってぼんやりとテーブルを見つめていた。その実、何も見ていないのだろうことはわかっていた。
 テーブルには昼食が手つかずで残っていた。

「また食べなかったの?」
 シェルレーヌは答えない。
「ダメよ、食べてくれないと」
 母はゆるゆると首を振った。
 ルシーはため息をついた。

「すぐに晩ごはん作るからね。温かいものなら喉を通るでしょ?」
 かまどに火を入れてスープを作った。
 木の椀にそそいでシェルレーヌの前に置き、スプーンを握らせる。だらりとした手には力がなくて、何度も握り直させた。

 夕餉(ゆうげ)の祈りを手短に捧げてから、ルシーは食べ始めた。
 シェルレーヌはゆっくりとスプーンを動かし、少しずつ飲んでいた。
 よかった、今夜は食べてくれそう。
 ほっとした。
 三ヶ月前に父を病気で亡くしてから、母は変わってしまった。
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