お針子は王子の夢を見る
 一日中ぼうっとして、ルシーが見ていないと食事をとらないし、着替えようともしない。
 父のところへいきたいのかな。
 そうさせてあげたほうがいいのかな。
 そう思ったこともある。

 だけど、それは叶えたくなかった。

 置いていかないで、とルシーは願った。独りきりになるなんて耐えられない。わがままであっても、そばにいてほしかった。
 以前の母は明るく腕の良いお針子で、マノンと一緒に働いていた。その楽しそうな姿を見ていたから、ルシーもお針子になったのだ。
 小さい頃は一緒に端切れで薔薇(ばら)を作ったりした。母の手にかかると端切れがこんなに美しい花になるのか、と驚いたものだった。

 私がきちんと支えていくわ。だから、そばにいて。遠くへいかないで。
 ルシーは強く願った。

***

 エルヴェ・スファリージュはその服を着て、ほう、と嘆息した。
「着心地がいい。またあのお針子か」
「左様にございます」

 王子の問いに、フィナール・ボワイエが答える。十八歳になる彼に侍従として仕え、十五年になる。壮年の長い時期を王子と過ごした。この国の唯一の王子である彼は幼い頃から次期国王の座が約束され、重責を果たせるように研鑽(けんさん)を重ね、わがままを言わない。

「この者の服を着るようになってから、仕事が(はかど)るようになった」
 エルヴェは満足そうに言った。
 下手な服だと着るだけで肩が凝るが、このお針子になってからはそれが一切ない。ゆるくなくきつくない。体にフィットして動きやすいという。

「何か褒美(ほうび)を与えられないか。……そうだ、舞踏会に呼ぼう」
 フィナールは眉を上げた。
「平民でございます」
「別にいいだろう。呼んでくれ」
 エルヴェが我を通すとは珍しい。
「かしこまりました」
 フィナールは慇懃(いんげん)に頭を下げた。
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