お針子は王子の夢を見る

***

 ルシーはいつものように工房に出勤し、いつものように衣装を縫っていた。
 四人のお針子仲間と、黙々と縫う。おしゃべりしながらだと縫い目が不揃いになってしまうからだ。
 パステルカラーが流行っているから、縫う生地もまたやわらかな色合いだった。

 きりがついて、ふう、と息をつく。
 工房は常に整頓されていて、必要なもの以外は出ていない。毎日全員で掃除をしているから、清潔さも保たれていた。
 窓から入る日差しは明るかった。木戸が開け放たれた現在、風がそよりと入ってくる。

 が、ふいに遮るものがあった。黒いボディに金の装飾が施された馬車だった。騒々しい足音が止み、ブルル、と馬の鼻ラッパが聞こえた。
 豪華な馬車だな、と窓越しに眺める。
 マノンの工房は評判がいい。たまに貴族の令嬢がじきじきに来ては、布地から選んでドレスの注文をしていく。またそのたぐいかな、と思った。

 しばらくして、工房から店につながるドアが勢いよく開かれた。
「ルシー、ちょっと来て」
 マノンだった。興奮した様子に、ルシーは首をかしげながら立ち上がった。
 彼女に続いて売り場へ行き、工房の扉は閉めた。

 店には今、一人の客がいた。五十がらみの男性だった。
 貴族だ、とその出で立ちから思った。
 シュニール織りで模様が出た生地に凝った装飾の縁取り。胸元のあれはクロッシェレースだろうか。袖口にもレースが施されていて、服を止める(ボタン)は銀糸を巻いたものだ。彼がいるだけで、店の格が数段上がったように見えた。

「こちらは王子殿下の侍従で、あんたに舞踏会の招待状を持ってきたのよ!」
「え!?」
 ルシーは驚いて彼を見た。彼は恭しくお辞儀をした。よくわからないままにお辞儀を返す。

「侍従のフィナール・ボワイエと申します。舞踏会への招待状を持って参りました」
 封筒を差し出され、受け取る。紋章の入ったロウで封をされていた。
「本当に……?」
「殿下があなたの服をお気に召されまして、ぜひご招待を、と」
「夢みたい」
 ルシーはほうっと息をついた。

「お越しいただけますね?」
「でも……」
「お行きよ。お母さんは私が見ておくから。たまには息抜きも必要よ」
 ためらいながらマノンを見る。
 彼女は笑顔でうなずいた。頼もしい笑顔だった。
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