お針子は王子の夢を見る

***

 家に帰ったルシーは意気揚々と母に報告し、招待状を見せた。
「舞踏会なんて、楽しみだわ!」
 母は黙って彼女を見た。暗い瞳だった。
「これからは家でもドレスを縫うの。邪魔かもしれないけど、ごめんね」

 興奮する彼女とは対象的に、母は今日も無反応だった。
 それも気にならないほどルシーは興奮していた。
 初めての王家からの手紙だ。二度ともらうことはないだろう。
 一生、大切に持っていよう。
 ルシーはそう思った。

 母が眠ってからも、何度も招待状を取り出し、眺めた。
 白い紙に黒いインクで優美に書かれた文字。封筒は金の縁取りがあった。

 便箋(びんせん)に書かれた文字も美しい。雅な文章がルシーを優しく舞踏会へと(いざな)っている。文字は少ししか読めないが、マノンが読み上げてくれたから内容は覚えている。

 うっとりと何度も眺める。文字も装丁も何も変わらないのに、ただただ眺めていられた。
 今夜は眠れないかもしれない、と招待状を抱きしめた。




 翌日、仕事を終えたルシーは、マノンからもらった布を手に家路を急いだ。絹の白いタフタだった。光沢があり、美しいドレープを作ることが出来る。絹は庶民には手の出ない値段だ。なのにそのドレスを着て舞踏会に行くなんて夢みたい、と思った。抱きしめると、絹がこすれ合って、ぎゅう、と絹鳴りがした。

 令嬢のドレスの仮縫いを、着用感を確認するためと称して試着したことはある。同僚と見せ合って、似合うわ、とか、やっぱり貴族じゃないと、とか、品評会をやったこともあった。

 今度は初めての自分のためのドレスだ。心が浮つかないわけがなかった。
 毎日帰ったら夕食を作り、母に食べさせ、それからかまどの明かりを頼りにドレスを縫う。

 ドレスが形になるに連れ、シェルレーヌは調子を悪くした。
 今まで以上に元気をなくし、食事を拒否することが増えた。
 母に食べさせようと苦慮し、ドレスを縫う時間が減った。

 それを補うために夜ふかしが増えた。
 月の明るい夜は(まき)を節約するために木戸を開けて窓辺で縫った。
 日々疲れていくルシーを、同僚もマノンも心配してくれた。平気だ、と答えてやりすごした。
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