お針子は王子の夢を見る
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家に帰ったルシーは意気揚々と母に報告し、招待状を見せた。
「舞踏会なんて、楽しみだわ!」
母は黙って彼女を見た。暗い瞳だった。
「これからは家でもドレスを縫うの。邪魔かもしれないけど、ごめんね」
興奮する彼女とは対象的に、母は今日も無反応だった。
それも気にならないほどルシーは興奮していた。
初めての王家からの手紙だ。二度ともらうことはないだろう。
一生、大切に持っていよう。
ルシーはそう思った。
母が眠ってからも、何度も招待状を取り出し、眺めた。
白い紙に黒いインクで優美に書かれた文字。封筒は金の縁取りがあった。
便箋に書かれた文字も美しい。雅な文章がルシーを優しく舞踏会へと誘っている。文字は少ししか読めないが、マノンが読み上げてくれたから内容は覚えている。
うっとりと何度も眺める。文字も装丁も何も変わらないのに、ただただ眺めていられた。
今夜は眠れないかもしれない、と招待状を抱きしめた。
翌日、仕事を終えたルシーは、マノンからもらった布を手に家路を急いだ。絹の白いタフタだった。光沢があり、美しいドレープを作ることが出来る。絹は庶民には手の出ない値段だ。なのにそのドレスを着て舞踏会に行くなんて夢みたい、と思った。抱きしめると、絹がこすれ合って、ぎゅう、と絹鳴りがした。
令嬢のドレスの仮縫いを、着用感を確認するためと称して試着したことはある。同僚と見せ合って、似合うわ、とか、やっぱり貴族じゃないと、とか、品評会をやったこともあった。
今度は初めての自分のためのドレスだ。心が浮つかないわけがなかった。
毎日帰ったら夕食を作り、母に食べさせ、それからかまどの明かりを頼りにドレスを縫う。
ドレスが形になるに連れ、シェルレーヌは調子を悪くした。
今まで以上に元気をなくし、食事を拒否することが増えた。
母に食べさせようと苦慮し、ドレスを縫う時間が減った。
それを補うために夜ふかしが増えた。
月の明るい夜は薪を節約するために木戸を開けて窓辺で縫った。
日々疲れていくルシーを、同僚もマノンも心配してくれた。平気だ、と答えてやりすごした。