こんな雨の中で、立ち止まったまま君は

 始めは食事だけのつもりだった。


 店に小川さんがやって来た日、

 田中がドリンクの補充にバックルームに消えた隙を狙って彼女に声をかけた。


 小川さんと、ゆっくり話がしたいと思った。

 コンビニでの立ち話じゃなく。


 食事に誘えば、ある程度長く話せると思ったのだ。

 そわそわしたこの冬の空気に、乗せられたのかもしれない。


 そうでないにしても、俺に欲が出てきたのは確かだろう。

 店に彼女がやってくるごとに、俺の中で小川さんの存在は大きくなっていった。


 
 誘うのは、かなり勇気がいった。

 話すことに慣れてきたとはいえ、誘うとなるとそこは別問題だ。


 まるで中学生のようにおずおずと、そして慎重に言葉を選んで誘ったつもりなのだが、

 彼女のほうの捉え方に問題があったらしい。


 いや、俺の誘い方がそういう方向へ導いたのか。

 何を食べようかという話からどんどん飛躍していった会話は、

 せっかくだから今度の休日にどこかへ出かけよう、という結論に落ち着いた。


 動物園に行きたい、と言い出したのは彼女のほうだ。

 図書館で動物図鑑を見ていた親子を思い出した、と言って。


 可愛らしいとも思える提案に、俺は素直に頷いた。

 というか、小川さんと出かけられるならどこでも良かった。


 思わぬ方向に逸れた約束に、緊張し、焦ったけれど、嬉しさのほうが大きかった。

 約束の日が待ち遠しくて仕方がなかった。





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