こんな雨の中で、立ち止まったまま君は
いつもの店の前。
白っ剥げた紺色ののれんは、雨に濡れて余計にくたびれて見えた。
雨の中を歩いてきたせいで、自分の体ものれんと同じくらい濡れている。
引き戸に手をかけると、全身がぶるっと震えた。
「いらっしゃい。お、お前か。友達、もう来てるぞ」
カウンターの向こうから、丸顔のオヤジさんが声をかけてきた。
赤ら顔がいかにも居酒屋の店主、といった風貌だ。
ぱっと見、やくざみたいな顔つきに見えなくもないが、
よく見ると大きな目をした愛嬌のある顔だ。
「ども」
「なんだ、随分濡れて。傘持ってこなかったのか」
「ええ」
「風邪ひくなよ。友達、奥のテーブルに通しておいたぞ。今夜もどうせ長くなるんだろ」
「はは。たぶん」
「しかしいつ見ても元気だな、あいつは。ひとりでいるのが退屈だったんだろ、さっきまでいた常連さんと随分話してたな」
「え? マジですか」
「ああ。お前とは全然違うタイプだな」
「ふ、そうですね」
オヤジさんにとって、俺は既に馴染みの客になっている。
ひとりで飲みに来ていたころは、田舎の話や大学の話なんかをしていた。
カウンターに座って、向かい合いながら。
俺が圭吾をこの店に連れてくるようになってからは、すっかりテーブル席に通されることが多くなっていて、
ゆっくり話す機会も減ってきている。
少し、残念だ。