こんな雨の中で、立ち止まったまま君は

 10時5分前。


 レジに寄りかかってぼんやり外を眺めていると、

 夜勤の田中が遅刻ギリギリでやってきた。


「おはようございます!」

「はよ。てか遅いぞ、田中」

「でもギリギリセーフっすよね」

「まあな」


 俺の前を過ぎて、慌ててスタッフルームに入った田中は、


「藤本さん、小川さんでしたっけ? 来てますね、歩道橋」


 そう言って顔を覗かせた。


「え?」

「あれ? 気づいてなかったんっすか? あ、そうか。レジからは見えないですもんね」


 振り返り、窓の外に目を凝らしてみたけれど、

 小川さんの姿は見えなかった。

 歩道橋の右半分と柵の半分から上のほうは、レジからは死角になって見えないのだ。


「何か、久しぶりですよね。このところ店にも来てなかったみたいだし」


 田中はそれだけ言って、またスタッフルームに引っ込んだ。



 彼女が来てる。

 雨の中に……また。


 レジに出てきた田中は、濡れた前髪を拭きながら俺の顔を見ていた。

「行かないんですか?」口には出さないけれど、そんな表情をしている。


 田中には奈巳と付き合いだしたことは話していなかった。

 まあ、話す必要もないだろう。


 もちろん小川さんの部屋で見たことだって話してはいない。

 けれど、ここ最近顔を出さなくなった小川さんのことと、

 それについて何も話さない俺の様子に何かしらは薄々感じているのだろう。

 田中はしばらくすると弁当のフェイスアップに向かった。

 それ以上は、何も言わずに。




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