こんな雨の中で、立ち止まったまま君は

 カップをテーブルの上に置いた小川さんの手は、

 指を組んだり、手のひらを擦り合わせたり、冷えた手を温めようとするかのように細かく動いている。


 部屋の中が次第に温まってきた頃、


「藤本くん。そこのバック取ってくれる?」


 彼女の声に顔を向けると、小川さんの視線は俺を通り越して向こう側の床上に降りていた。

 振り向くと、小川さんの茶色いカバンが机の下に置いてある。


 手を伸ばせば届く距離にあったそのカバンを座ったまま持ち上げて彼女に渡すと、

 小川さんは中から薬袋のようなものを取り出し、錠剤を一粒口に含むと、それを冷めたコーヒーで飲み下した。


「コーヒーなんかで飲んで大丈夫ですか」

「うん。いつものことだから平気」

「まだ……風邪、治らないんですか」

「……うん。まだちょっとね」


 ソファにもたれた彼女が、ほうっと一つ息を吐く。

 まぶたを閉じている小川さんの顔は、青白い。


 体調が悪いのに……

 それでもあの歩道橋に向かう理由は何なのだろう。

 どうしてそこまでして、あそこに立つのだろう。


 忘れかけていたその疑問がまた湧き上がり、

 俺は小川さんの色の無い唇を見つめながら、ゆっくり言葉を吐き出した。





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