こんな雨の中で、立ち止まったまま君は

 だるさの残る体を何とか動かして日勤を終えるころ、外にはもう夕闇が迫っていた。

 ビルや歩道のイルミネーションが灯り出し、

 日中のそれとはまた別の明るさが広がり始めている。


 コンビニを出て駅までの道を歩いたけれど、思い直して引き返した。

 コンビニ近くのカフェに入った俺は、一息入れるためにコーヒーを頼んだ。


 運ばれてきたコーヒーを啜り、窓の外を眺める。

 疲れきった俺の顔が映る窓の向こうに、イルミネーションがやけに鮮やかだった。


 歩道には、学生に混じって仕事帰りのスーツ姿もちらほらと現れだした。

 風が強くなってきたのか、襟元を直しながらうつむき加減で歩く人たちが多い。


 黒いコートの男性が通り過ぎたとき、俺はダウンジャケットのポケットからあの名刺を取り出した。

 半分まで飲んだコーヒーカップの隣りにそれを置き、しばらくの間じっと眺めていた。


『彼女に何かあったら……』


 飯島さんはあの時、どうしてそんなことを言ったのだろう。

 まるで、小川さんに何かが起こるとでも予想していたように。


 そして、


『彼女には深入りしないほうがいい』


 このセリフはなんだったのか。

 飯島さんは小川さんの友人であると言ったのだ。

 なのに、どうしてあの日、あんな格好でふたりで部屋にいたのだろう。


 もちろん、それら全ての事が気になっていたのは確かだけれど、

 今はそれよりも、小川さんの過去について話を聞きたかった。


 飯島さんの言葉よりも、

『私が……殺したの』

 そう言って、泣き崩れた彼女のことが知りたかった。


 触れないほうがいいのかもしれない。

 けれど、俺はもう限界だった。




< 158 / 280 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop