こんな雨の中で、立ち止まったまま君は
「直前にケンカしたみたいなんだ。美咲はそれが原因だと思い込んでいる。
少しでも早く借金の返済ができるように、和也も残業を増やすようになっていてね。
ありがちだけど、どうして構ってくれないんだとか仕事と自分とどっちが大事なんだとかいう話になったらしくて。
死ぬぐらい働いて早く終わらせたいんだ、みたいなことを和也がそれとなく口にした時にね、
美咲は、じゃあ死んじゃえば、って言ったらしいんだ。……何でそこで気づかなかったんだろうって言ってたな、そういえば。
もちろん、そんなこと本気で恋人に言うやつなんていない。ケンカの勢いで出てきてしまっただけであって。
和也も疲れきっていただろうから何も反論してこなかったらしくてね。
その直後なんだよ。あいつが死んだのが。
……雨の日の歩道橋でね。
俺たちが病院に駆けつけたときにはもう手遅れで、寝かされた和也の体は全身ずぶ濡れだった。
まだ生きてるような顔をしてるのに、頬に触れると凄く冷たかった。
美咲はその体を抱きしめたまま、いつまでも泣いてたよ。
「ごめんなさい」と繰り返して―――」
話の最後、飯島さんの声が僅かに震えているのがわかった。
居た堪れない気持ちになった俺は、ぎゅっと目を閉じた。
友人を失った飯島さんの気持ち、そして自分が好きな人が目の前で泣き崩れているのを見ているときの気持ち、それはどんなに苦しく切ないものだったろう。
そして、最愛の人を亡くした小川さんの気持ちはどんなものだったのか。
目の前にいる、冷たく濡れた動かない恋人。
還らない人になってしまった大切な人。
自分のせいで死んだと思ったまま生きている、今の気持ちはどんなものなのか……
頭ではきっと、彼の自殺の原因を理解しているはずだ。
けれど小川さんは……自分を責め続けることをあえて選んだのかもしれない。
彼を、忘れないように。
彼女が雨に打たれる理由が……これで分かった。