こんな雨の中で、立ち止まったまま君は
「思い出させてしまって……すみません」
俺が呟くと、飯島さんは首を横に振った。
「これが、美咲の過去だよ」
「時々小川さんの表情が曇るのはそのせいなんですね。あんなに痩せているのも」
「ああ、そうだろうな」
飯島さんが言った「彼女に何かあったら……」という言葉も、過去を引きずったまま生きている小川さんを心配してのものだったのだろう。
「だから時々様子を見に行ってるんだ。もしかしたら美咲が変な気を起こすとも限らないからね」
「……そうですか」
「美咲は……あれから精神科にも通っててね」
「……え?」
「最初は本当に酷いものだったから。最近はだいぶ落ち着いたけど、それでも月に何度かはカウンセリングを受けて安定剤をもらってるんだよ」
「……安定剤」
ふと、動物園での出来事が浮かんだ。
そして昨夜のことも。
貧血や風邪だと言って彼女が飲んでいたのは、その薬だったのだ。
一度眠るとなかなか起きないというのも、きっと薬の副作用によるものだ。
それを飲まないと、眠れない夜が多いということなのだろう。
「どうすれば……」
「ん?」
「どうすれば小川さんを救えますか」
「……」
「どうすれば……」
小川さんを過去から救い出さなければ、何か大変なことが起こってしまうのではないか。そんな気持ちが湧き上がっていた。
そこから救い出さない限り、彼女はずっとあの場所に立つことになる。
それが、最悪の結果を招くことにもなりかねない気がした。