こんな雨の中で、立ち止まったまま君は
「店に入ってきて中を見渡してな、誰かを探してる感じだったけど居なかったんだろ。ため息つきながらビールだけ飲んで帰っていったけどな」
「……そうですか」
「圭吾って言ったか? あいつも随分来てないな」
オヤジさんの声を聞きながら、俺は平静を装うとしてコミヤが運んできたビールに手をつけた。
けれど力が入らない。
ジョッキに手をかけながら、しばらく中ではじける細かい泡だけを眺めていた。
「いつもの面子で揃わないとおかしなものだな」
「そうかもしれないですね」
「まあ、常に一緒ってわけにもいかないんだろうけどな。それぞれの生活もあるわけだし」
オヤジさんはタバコに火をつけた。
吐き出された煙は固まったまま天井に吸い込まれていく。
「……奈巳、何か言ってました?」
ぽつりと呟くように聞くと、オヤジさんの視線がのれんの方を向いた。
「いや。特には。でもまあ、沈んだ感じはしたけどな」
「……」
ジョッキに口をつける。
口の中で、やけに苦い泡が広がった。
オヤジさんはきっと奈巳から聞いているだろう。
奈巳がひとりでやってくるなんてこと、これまでにだってなかったはずだ。
奈巳だって無口なわけではない。
オヤジさんが心配顔でひと言「どうした?」と声をかければ、俺がそうだったように不安や出来事を少なからず話したはずだ。
けれどオヤジさんは、奈巳が話したかもしれないことを俺に聞くことはしなかった。
ゆっくりとタバコをふかし、首にかけた手ぬぐいで額の脂を拭いている。
躊躇いながらも俺は、けれどやっぱり誰かに聞いてほしかった。
この場所で、この街で、話をできるのはオヤジさんしかいないのだ。