こんな雨の中で、立ち止まったまま君は
俯いたまま黙っていると、急に肩を叩かれた。
驚いて顔を上げる。
立ち上がったオヤジさんは、そのまま俺の頬を軽く叩いた。
「いくらお前が若いって言ったって、最初に何をすべきかくらい分かるだろう?」
苦笑した顔が俺を見つめている。
「誰も先のことなんて分からない。ただ、今やるべきことは本当は分かっているはずだ。分からないふりをしているだけであって」
「分からないふり……」
「お前だけが悩んでいると思ったら大間違いだ。お前だって誰かを悩ませている立場にいるかもしれないんだぞ。
自分が傷ついているときは、同時に誰かを傷つけていることが多いんだ。
まずはその子にちゃんと話すんだな。それが出来ないようなら、好きな人がいるなんて自分だけが悩んでいるような顔をするな」
テーブル席から注文を受けてきたコミヤがオヤジさんに声をかけた。
深刻な空気が流れていることに気づいているのか、少しおずおずとした感じだった。
オヤジさんは再び包丁を握り締めた。
まな板の上にいつもの小気味良い音が響き始める。
オヤジさんの手の動きを眺めながらビールを啜った。
生ぬるくなったビールはそれでも苦い味がした。
うやむやにしていた奈巳の存在。
このまま何事もなかったように時間が過ぎてくれればその方が良かったというのが本音だ。
だけど、このままでいいはずが無い。
「オヤジさん、また来ます」
「ああ。気をつけて帰れよ」
「はい。ごちそうさまでした」
店を出ると、半月が道を照らしていた。
イルミネーションの明かりは落とされている。
時間は0時を過ぎていた。
ポケットに入れた携帯を取り出して駅前を過ぎる。
アパートまでの帰り道を歩きながら、
明日のバイトが終わったら奈巳へ連絡をしようと決めていた。