こんな雨の中で、立ち止まったまま君は
次の日、夕方からのバイトを終えた俺は奈巳へ電話をした。
久方振りの俺からの電話に、奈巳は驚いていた。
これからそっちに向かうと伝えると、奈巳の声が訝るのが分かった。
けれどその声の端々に嬉しさが滲み出ているのも伝わってきて、
これから会って奈巳に伝えようとしている自分の言葉を思うと胸が痛んだ。
電車を降り、奈巳のアパートへ向かう。
歩きながらも自分の視線が空に注がれていることに呆れていた。
ここ最近、バイトが終わって小川さんのところに向かわない日はなかった。
今自分が彼女のところではない場所へ向かっているのが不思議に思えるほどにそれは日常化していた。
奈巳のところへ向かっているくせに、俺の目は雨が降らないことを確かめている。
もしも今日、雨が降っていたとしたら、俺はこうして奈巳のところへ向かっただろうか。
自問しても、自信のある答えなど返ってこないことは分かりきっていた。
空には昨夜と同じ色と形をした月がぽっかりと浮かんでいる。
奈巳に会ってどこから話そうかということに思考をめぐらせているうちに部屋の前までたどり着いていた。
一呼吸置いてから呼び鈴を押した。
早足で玄関に近づいてくる音がする。
大きく一気に開かれたドアの向こうに奈巳が立っていた。
表情は明るかった。
「淳、久しぶり。上がって。寒いでしょう?」
「うん」
いつもと変わらない奈巳の声。
それが今は切なかった。
せめて何かを予感して、沈んで待っていてくれたほうが良かった。