こんな雨の中で、立ち止まったまま君は
「藤本くん、小説書いてたんだね」
小川さんの言葉が部屋に響いて、同時に俺は急に恥ずかしくなった。
「小説なんて大したものじゃないんです。全部中途半端だし、話にもなってない」
もう、そこに何を書いたのかさえ忘れているほどだ。
何篇か書き記していたことは覚えているけれど、どれも完結などしていない。
「うん。全部中途半端だった」
小川さんが呟く。
「でも、何だか惹きこまれた」
「え?」
「書きたくて、でも書けなくて。どこかもがいているような、そういう雰囲気が好きだなって思った」
たぶん俺は、呆けたような顔で小川さんを見つめていたんだろう。
彼女は微笑んで、俺が手にしている白い何も書かれていない本に視線を移すと、
「だからね、そこに書いて欲しいなって思って」
「え?」
「話の続き。新しい話でも何でも。藤本くんの小説が読みたいなって」
「俺の……」
「何だか自分勝手なプレゼントだけどね」
ふふふっと笑った。
「書いてくれるかな」
書きたいものなど今は何もない。
それよりも彼女とこうしているほうが幸せなのだから。
だけど。
「はい。やってみます。書けるかどうか分からないですけど」
小川さんに言われたら、こう返すしかないだろう。
好きな人からの贈り物だ。それも、俺を気遣ってくれての。
「ホント? わぁ、楽しみだな。出来上がったら一番に読ませてね」
「はい」
いつになるか分からない約束を交わして彼女を見つめる。
夕日が染める彼女の髪は、眩しいほどの亜麻色だった。