こんな雨の中で、立ち止まったまま君は

 アパートの玄関にたどり着く頃には、全身がすっかり雪に覆われていた。

 はらはらと舞う程度だった雪は、大きさも速度も増している。

 ほんの数分の間で、街は白一色に染められようとしていた。


「明日は積もりそうだね」


 コートについた雪を払いながら、小川さんは降りしきる雪を眺めている。


 彼女の髪についた雪を払ってやりながら「そうですね」と言った俺の顔を、

 小川さんはさっきと同じ表情をして見上げていた。


「どうしました?」

「うん」


 答えになっていない返事をする小川さんに首をかしげ、玄関を開く。


「すぐにコーヒー淹れるんで、座っててください」


 玄関の明かりをつけると、漏れた光に雪が映し出された。

 降りしきる雪をバックに、小川さんはまだ俺を見上げている。


「小川さん?」


 声をかけると、彼女の手がゆっくりと持ち上がり、


「藤本くん」


 俺の前髪に触れた。


 突然のことに驚いて動けずにいる俺に、


「今年も、これからも、よろしくね」


 前髪に触れていた手が下ろされて、握手を求めるように差しのべられる。


 小さく微笑む小川さんに戸惑いながらも俺はその手を取った。

 彼女の冷えた手は、でも微かに温かかった。



 小川さんはそのまま、俺に身を寄せた。


 ふいに訪れた目の前のぬくもりにしばらく動けなかったけれど、

 肩越しに見える白い雪をぼんやりと眺めているうちに、彼女が言っている言葉の意味にようやく気づいた。


「小川さん」


 その身体を抱きしめて、

 きつくきつく抱きしめて、声を絞り出す。


「俺を……俺だけを見てください」


 雪は音もなく舞い降りる。

 はらはらと、全てを包むように。


 縦に小さく動いた小川さんの髪に顔をうずめ、抱きしめていた腕にもう一度力を込めた。


 玄関先に伸びた重なった影は、

 向こうに広がる雪の華にまで届きそうな気がした。





< 197 / 280 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop