こんな雨の中で、立ち止まったまま君は
「あの、すみません」
「はい?」
振り向きながら声をかけると、眉間に皺を寄せた女性が顔を上げた。
「あの、今日は、斉藤さんは?」
「斉藤さん?」
「はい」
「あなた……。お知り合いの方?」
彼女の表情が少しだけ変わった。
「あ、いえ、知り合いというか、よくここを使うので……。その、今日は姿がないのでどうしたのかなと思って」
「今日はお休みをいただいているんですよ」
「休み……」
「ええ」
「小川さんは……」
「はい?」
「あ、小川さんも、休みですか?」
俺の言葉に、目の前の女性は少しだけ沈黙してから
「彼女は辞めたんですよ」
「え?」
「2日前だったかしら」
「辞めたって……どうしてですか」
思いもよらなかった返事に、うわずった声を上げてしまった俺に
「さあ、私には。数日間ってことで急に頼まれただけですから。前にここに務めていたって理由だけで。
代わりの人がまだ決まってないのに、急に退職とか困ったものだわ」
女性は独り言にも似た調子で話している。
本を手にした中年男性がカウンターにやってきて、
女性はそのまま業務に戻ってしまった。
「辞めたって?」
復唱しても実感が伴わない。
アパートまでの帰り道、小川さんが図書館を辞めた理由を頭の中で探ってはみたけれど、
結局どう考えても、
それほどまでして自分を避けたかったのかという疑問から先に、俺の思考は踏み出そうとしてくれなかった。