こんな雨の中で、立ち止まったまま君は

 部屋に戻った俺は、しばらくの間、床に座り込んだまま何もする気が起きなかった。

 窓の外には、灰色の空が広がっている。

 時折強い風が吹いて、薄い窓ガラスをガタガタと揺らした。


 それを横目で見ながら、

 テーブルの上に置かれたままになっている白い本に視線を注いだ。

 小川さんがくれた、何も書かれていない、まっさらな本。


「早く書いて」

「まだ何も書いてないの?」


 そう言って、本を手に取りながら白紙のページをパラパラとめくっていた彼女の姿が思い浮かんできて、俺は慌てて頭をふった。


 いったい、どういうつもりでこんな物を俺にプレゼントしたのだろうか。

 書きあがったらまっさきに私に見せてくれと言いながら、

 仕事まで辞めて、自分のほうから俺を避けようとしているくせに。


 もう、こんな本なんて、無意味だ。

 本を手に取った俺は、のろのろと立ち上がり、カラーボックスの前に移動した。

 なるべく奥にしまおうとして中の本やノートを引っ張り出すと、

 書きかけの小説が書かれた青いノートがばさりと足元に広がった。


 何気なく、ページをめくる。

 中途半端に書かれた文字の列。

 書き始めの勢いが、徐々に失われていく粗末な文章。

 今となっては、そのときの俺が何を書きたかったのかさえも思い出せない。

 
 書きたいことは山ほどあったはずだ。

 なのにどれも終わりまでもっていけないのは、

 どの物語にも、大した思い入れがなかったからだろう。


 伝えたいことがあって、

 それを読んでくれる人がいるからこそ、
 
 小説というのは成り立つのだと思う。


 この頃の俺は、自分の逃げ道として文章を綴っていただけだ。

 誰に見せようとしていたわけでもない。

 ただ文字にすることで、何となく気持ちを落ち着かせていたのだろう。


 ある程度のところで満足すれば、

 その続きを書く必要もなくなるのだ。



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