こんな雨の中で、立ち止まったまま君は
飯島さんは先に来ていた。
カウンターに座り、一人、静かにグラスを傾けている。
彼と約束していたのは前に二人で来たことのあるホテルのバーだった。
あの日と同じ席に、スーツ姿の飯島さんが座っている。
仕事帰りで、そのままここへ来たのだろう。
背中はやや疲れているように見えた。
俺がカウンターへ近づくと、気づいた飯島さんがグラスを持った手を軽く上げた。
それに首をまげて答えた俺は、彼の隣の席に腰をかけた。
「遅くなってすみません」
約束の時間より20分遅れてしまった俺は、挨拶より先に謝った。
信号機の故障で電車に遅れが出、別の電車を使い遠回りをするはめになってしまったのだ。
「いや、俺もついさっき来たところだから」
灰皿を見ると、煙草の吸殻が2本つぶされていた。
グラスの中身も半分以上減っている。
それだけの時間は過ぎているということだろう。
けれど飯島さんは、小さく笑ってそう言った。
余裕というかなんというか、こちらに気を遣わせまいとするその態度に、
自分で遅れておきながら、僅かに腹が立つ思いがした。
器の大きさの違いを見せつけられたような気がしていたのかもしれない。
「顔を合わせるのは久しぶりだね」
「ええ、そうですね」
飯島さんに会うのは、年が明けてからは初めてだ。
最後に会ったのが12月だから、およそ2カ月ぶりになる。
ビールを注文した俺は、隣の彼の横顔を盗み見るようにして時折視線を向けた。
グラスに口をつけながらじっと前を見ている飯島さんは、久しぶりと言ったきり、声を出す様子がない。
カウンターに差し出されたビールを一口飲んだ俺も、
呼び出されたのはこちらなのだから、彼が何かを言うまで黙っていようと思った。