こんな雨の中で、立ち止まったまま君は
飯島さんの部屋に小川さんが行っていたというあの日の後、
彼と寝たのかという俺の問いに、彼女は「ええ」と答えたのだ。
それを……何でもないなんて言えるはずがない。
「うまくいってないって……。そもそもどうして今更そんな話を持ち出すんですか。
子供じゃないとか何とか、そう言ってたじゃないですか、飯島さん。
なのに彼女とは何でもないなんて。何なんですか、いったい」
混乱する思考をまとめきれないまま吐き出される自分の台詞を耳に入れながら、情けない感情でいっぱいになっていた。
もう、二人の話なんて聞きたくないのだ。
わざわざ呼びつけて、何でもないなんて嘘を聞かされて、
飯島さんは……、小川さんは一体俺に何がしたいんだ。
突然図書館まで辞めて、それほどまでして俺を避けたいっていうのに。
「いい加減なこと言わないでください。小川さんはあなたの部屋に行ったんでしょう? そして彼女を抱いたんでしょう? それを今更俺に話して……、何がしたいんですか」
グラスを持つ手が震えてくる。
今まで抑えつけていた感情があふれ出しそうで、このまま帰ってしまうと立ち上がった俺に、飯島さんが顔を上げて口を開いた。
「部屋には来ていたんだ、確かに。突然彼女がやってきてね。理由を聞いてもはじめは何も言わなかった。でも……、あの日、本当に何もなかったんだよ」
立ち上がったまま彼を見下ろす俺に、飯島さんは続けた。
「拒否されたんだ」
「……」
「いつものように彼女を抱こうとしてね。けど、拒否されたんだ」
「……」
「あの夜だけじゃない。それからも、彼女とはなにもなかったよ」
「……」
「本当だ」
俺は立ち上がったままの態勢で飯島さんを見下ろしていた。
意味がわからなかった。
「座れよ。話はまだ終わっていない」
「……」
「ちゃんと聞いてくれないか」
飯島さんの鋭さの混じった、けれどどこか苦しげで寂しげな細い目が俺を見上げている。
そのまま数秒が流れ、彼の視線の強さに負けた俺は、再びカウンターにゆっくりと腰を下ろした。