こんな雨の中で、立ち止まったまま君は

「飯島さん」


 絞り出すようにして、やっと声が出た。


「ん?」

「俺、彼女に謝りにいきます」

「え?」

「まだ、好きなんです、彼女のこと」


 そう言って立ち上がった。

 勘定は後で、と言いかけた俺を、飯島さんが制した。


「謝るって、どこに行くつもりだ?」

「どこって……、小川さんの部屋に」

「無駄だよ」

「無駄?」

「彼女はもういないんだ」

「……え?」


 飯島さんの言葉に、体中の血液が逆流する感覚に襲われた。

 呼吸が乱れるのが分かる。


 一瞬、最悪の状況が頭をよぎった。


「いない……って」


 乾いた唇を動かすと、


「引っ越したんだ、彼女」

「引っ越し?」


 最悪な状況を免れた俺が間の抜けた声を出すと、


「ああ。心配しなくても大丈夫だって言ってね。死んだりしないって。この期間で十分強くなれたって。誰かを悲しませるのは駄目なことだって分かったって。もう一度やり直すって言って……」


 語尾を弱まらせながら、飯島さんはグラスを持ちあげて口に運んだ。

 グラスを滑り落ちた水滴が涙のようにこぼれて、彼のスーツに染みを作った。


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