こんな雨の中で、立ち止まったまま君は
「いらっしゃいませ。とりあえず生でいいっすよね?」
通しを運んできたコミヤが俺の顔を見ながらほほ笑んだ。
「うん」
「圭吾さんと奈巳さんは?」
「同じので」
「あたしも」
「あ、あと、ほっけも」
「あたしトマト食べたい」
「は? トマトなんて後でいいだろ」
「いいでしょ、食べたいんだから」
口々に好き勝手な言葉を吐き出す二人の姿を、コミヤと俺は苦笑しながら眺めた。
高校を卒業したコミヤは、ここでバイトを続けながら、去年から調理師の資格の取れる専門学校に通っている。
自分の店を持ちたいのだそうだ。
けれど俺は、もっと別のところに理由があると思っている。
前に一度、ほんの少しだけコミヤと話をしたことがある。
そのときにぼそりとコミヤが呟いたのだ。
「俺、この店が好きなんですよね。今はオヤジさんが一人でここを切り盛りしてるけど、
もしも……オヤジさんがいなくなった時、この店も一緒になくなったりしたら……寂しいんですよね」
そのことをオヤジさんに伝えてあるのかどうかは分からないが、
この店が無くなってしまうことなど、俺も考えたくはない。
ゆくゆくはコミヤが、この店を引き継いでくれればいい、と思っている。