こんな雨の中で、立ち止まったまま君は
オヤジさんの店にはそれでも、週に1度は足を運んだ。
寂しさというか虚しさというか、それを紛らわすために……だったのかもしれない。
それとも、酒の力を借りていただけだろうか。
安心して顔を合わせられる人はもう、オヤジさんしかいない、そう思っていたのにも理由がある。
いずれにせよ俺は、それぞれの道を歩み始めた他の奴らに置いてけぼりをくらったような気持ちになっていた。
それが塞ぎ込んだ気持ちにますます拍車をかけた。
「なにか、やりたいことはないのか?」
カウンターで酒を飲む俺に、ある日オヤジさんが呟いた。
その声に顔を上げると、オヤジさんはうつむいたままで、包丁を持つ手だけを黙々と動かしていた。
「そんなの……ないですよ。もう」
「待っててくれないぞ」
「え?」
「時間は、待っててくれないぞ。過ぎるだけだ」
「……」
「やりたいことはないのか?」
包丁の音が、閉店間際の店内に静かに響いていた。
「……戻したい時間はあります」
「……」
「でも、やりたいことはないんです」
「時間は戻らないだろ」
「……そんなの、分かってます」
「だけど、戻したい時間があるのなら、そのためにできることはあるんじゃないのか?」
「……え?」
「これから先の時間はいくらでもあるんだ」
「……」
「それをどう使うかで、変えられるものはいくらでもあるはずだろ」
「……」
オヤジさんの言葉を耳に入れながら、残り少なくなったビールに反射する弱い灯りを眺め、俺は、小川さんとの過去を振り返っていた。
―――できることなど、何もない。
唇をかみしめた俺は、うつむいたまま返事ができなかった。