こんな雨の中で、立ち止まったまま君は
目の前に、彼女がいる。
何か声をかけたいのに、溢れる想いばかりが先走って、俺の口からは一向に言葉が出てこなかった。
手のひらを握りしめ、腕をさする小川さんの手元ばかりを見つめることしか出来ない。
ふいに彼女の動きが止まり、一歩、その体が近づいた。
視線を上げると、彼女の穏やかなまなざしとぶつかった。
少し首を傾けて微笑む小川さんは、さしていた傘をゆっくりとした動作で俺の上にかざした。
「風邪、ひいちゃうよ?」
見覚えのある傘だった。
縁を白い花模様で刺繍された、桜色の……。
それは、クリスマスに俺が彼女に贈った傘だった。
「藤本くん……久しぶりだね」
彼女はまるで、何事もなかったかのように、
そう……、あの頃のように他人事のような口ぶりで、
けれど、懐かしむようなまなざしを俺に向けて、静かに呟いた。
何も言えずに突っ立っている俺の前髪に手を伸ばした小川さんは、
薄く張った雨水を指先でぬぐってくれた。