こんな雨の中で、立ち止まったまま君は


 目の前に、彼女がいる。


 何か声をかけたいのに、溢れる想いばかりが先走って、俺の口からは一向に言葉が出てこなかった。


 手のひらを握りしめ、腕をさする小川さんの手元ばかりを見つめることしか出来ない。



 ふいに彼女の動きが止まり、一歩、その体が近づいた。


 視線を上げると、彼女の穏やかなまなざしとぶつかった。


 少し首を傾けて微笑む小川さんは、さしていた傘をゆっくりとした動作で俺の上にかざした。



「風邪、ひいちゃうよ?」



 見覚えのある傘だった。


 縁を白い花模様で刺繍された、桜色の……。


 それは、クリスマスに俺が彼女に贈った傘だった。



「藤本くん……久しぶりだね」



 彼女はまるで、何事もなかったかのように、


 そう……、あの頃のように他人事のような口ぶりで、


 けれど、懐かしむようなまなざしを俺に向けて、静かに呟いた。



 何も言えずに突っ立っている俺の前髪に手を伸ばした小川さんは、

 薄く張った雨水を指先でぬぐってくれた。



< 273 / 280 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop